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マニラを訪れる人たち
次の日、平瀬よりお礼の電話が入ったのは、ツアー一行がマニラを飛び立った午後三時頃だった。
「昨日は色々と手伝ってもらっちゃってすいませんでした」
「いえいえ、ウチの製品の部品を供給してくれる人たちですから、当然ですよ」
「幹事の小山内さんですけど、あの人真面目な人だから、ちょっと責任を感じているみたいなんですよ。食中りは別に彼のせいじゃないのに」
「何かあったんでしょうか」
「今朝の小山内さん、落ち込んでいたって添乗員さんが言っていたから」
「工場用地の視察には予定通り出かけられましたか」
「七時半頃出かけられたそうです。今晩様子を見といてください」
「分かりました」
正嗣は電話を切り、東雲電具株式会社、経営企画部課長代理という名刺を取り出し、三〇代半ばの神経質そうな小山内の顔を思い出した。
東雲電具はプリント配線基盤の中堅メーカーだが、同業他社が海外生産にどんどん切り替えており、最近同製品は供給過剰気味で値崩れを起こす寸前らしい。そこで東雲電具も海外生産に活路を求めるのだろう。小山内のやらねばならぬ仕事の重さが容易に想像できた。
その日の五時頃、滝のようなスコールが降り出した。オフィスの中にいても凄まじい雨音だ。道路が冠水したら約束の時間に間に合わなくなるかもしれないと思いつつ、デスクワークをこなし六時くらいに出ようとした。
雨は止んでいたが、懸念していた通り、オフィス前の道路は川のような状態で車は数珠繋ぎの大渋滞だった。この様子だと小山内も時間通りにもどれないんじゃないかと思い、しばらくオフィスで待機した。
ホテルの部屋に何度か電話してみたが、まだ帰っていないようだった。
七時くらいになっても冠水は引いてはいなかったが、ズボンの裾を膝まで捲り上げ、オフィス内で使っているサンダルを履いて、洪水の中を歩いてホテルへ向かった。
ホテルに着くとすぐにトイレへ行き、足を石鹸でよく洗い靴に履き替えた。これも幾世に教わったことを実行したまでだが、洪水の中は病原菌がウヨウヨいるから後で必ず石鹸で足を洗えよ、と言われていた。
その後、ホテルの館内電話で小山内の部屋に繋いでもらうも、呼び出し音には全く反応がなかった。やはりスコールの影響で遅れているのだろう。ロビーで待つしかないかと思っているところへ丈がニコニコしながら現れた。
「ジョーさん、お疲れ様」
と声をかける。
「さっきはすごいスコールでしたね。誰か待っているんですか」
「ええ、お客さんと六時半の待ち合わせなのですが、まだ帰ってなくて」
「市内はどこも大渋滞ですよ。時間読めないと思います。お茶でも飲みませんか」
二人はロビーラウンジに移動し、ロビーの様子が窺える位置に席を取った。
「最近のホテルの稼働率はいかがですか」
「六〇パーセントをちょっと超えたくらいかな、良くはないですね。でも他のホテルなんか、五〇パーセント割れのところザラですからね」