「皆さん今日はお忙しい中、私の全快祝いにお越しくださいまして誠にありがとうございます。ささやかですが桜を見ながらお楽しみください」
中庭には大きな楕円形のテーブルに白いテーブルクロスがかけられ、桜の下では孫娘の友達がバイオリンを弾いている。
堀内が持ってきたワインがワイングラスに注がれ、織田の挨拶に続いて乾杯が行われた。
しばらく会食が進み、適度にアルコールが入った頃、星野が宇宙の話を始めた。
「皆さん、私は昨年地球から1万光年ほどのところに人間が住めそうな星を見つけましたよ。オリオン座の方向です」と、空を指差した。
中本が「1万光年も先では住むにしてもちょっと行けませんよ」
堀内が「はい、ちょっとという訳にはいきませんが、私が開発しているロケットなら2万年ほどで行けると思いますよ」と、苦笑いをする。
それを聞いた本多が「2万年ですか、人間の命は120年が限界ですよ、百年一世代としても200世代も繫がないとだめですね。そりゃあ、生物学的にはとても難しいことですね」すると、中本が、
「本多さん、私が作ったiPS細胞を使えば200世代は可能ですよ。世代というか同じ人間を200回再生する方法ですけどね。研究室のビーカーの中ではすでに500回以上の再生に成功してますからね。……ただしハツカネズミですけどね……人間も原理的には一緒ですよ」と、目を細めた。
星野が「一番の問題は1万光年も飛び続ける宇宙船を作る金ですよ」
織田が「金のことなど心配するな、俺も連れていってくれるならいくらでも出すぞ、とりあえず500億じゃ足らないかね」と、胸を張る。そして、
「私はこの前死にそうになってつくづく思ったんだ、金なんかどんなにあっても命が延びる訳でも夢が買える訳でも、生き甲斐ができる訳でもない。皆さんの話を聞いていると、永遠の命と壮大なロマンと、ものすごい生き甲斐を感じる。そして、人類のためにも役に立ちそうだ」
このとき伊藤は、何ていうことを言っているのか皆さん解っているの? と内心思いながら、「いくら春の陽気に誘われたからと言って、大の大人がバカでないの」とつぶやいた。
織田に「だめでもともとや、本多さんやりませんか? 伊藤さんこの前作ったコンピューターあるでしょ。やってみましょうよ」と言われ、伊藤は「え……」と言葉に詰まる。
それを見て織田は、
「本多先生、中本先生どうです。面白いと思いませんか? 僕は想像するだけで痛快ですよ」と、興奮を隠せない。
本多が冷静に、
「でも、織田さん、うまくいっても、いかなくても全財産無くなりますよ」
「財産、そんなものどうでもいい、どうせ死んでしまえばあの世には持っていけないからね。永遠の命と無限の宇宙に出かけることができるなら、何が起きても構わない。途中で命尽きても本望だね」
この宴会が開かれる前に、堀内は織田から、宇宙冒険旅行計画の話をまとめておくようにと根回しを受けていた。
会場は6人の熱気に包まれ、バイオリンの音色は誰の耳にも入っていない。