ある耳の良い人は、春や秋の空気が澄んでいる時に、テレポーテーション装置の微細な音に気がついたが、それがどこからするのかわからなかった。そして辺りを見渡してみて、その時目についた動物が鳴いていると勘違いした。
声を出すような動物ではなかったが、周りにはそれしかおらず、だが音は聞こえるので、その動物の声と考えざるをえず、そのことを記録した。「亀鳴く」「螻蛄鳴く」「蓑虫鳴く」「蚯蚓鳴く」などである。
これらはやがて春や秋の季語になったが、もとはと言えば、俳句の神様の乗り物の音がその起源なのである。一方、目がすごく良い人は、前方から何かが飛んで来る気配を感じた。
テレポーテーション装置には、第三者に察知される危険を十キロ先から検知するレーダーがついていて、アラームが鳴る。すると、自動的に目標物に向けて特殊な催眠剤が発射される。
催眠剤を浴びた目の良い人は、急に眠気を催す。朦朧となってきた目に蛙の幻影を見せる成分が、催眠剤に含まれている。被害者は目が覚めてから、急な眠気の原因を考えて、蛙のせいだと思った。
それがやがて「蛙の目借時」という春の季語になったのである。
このような生物学的に鳴くはずのない動物の声が聞こえるとか、蛙に催眠効果を認めたりするといったフレーズは外国にはない。
なぜなら、俳句の神様は外国に行かないから、外国でテレポーテーション装置が飛ぶことがないためだ。
なお、子供だってそんなことはありえないとすぐ否定するような、これらの不思議な季語について、その起源を読み解くこの新説を、ブログや講義や講演、ノーベル賞用学術論文の中で引用する場合には、テレポーテーション装置の関係者である俳句の神様に事前に伝えなければならないことになっている。
もしそのような事を考えている人がいたならば、必ず私に連絡を取るよう言ってほしい。
時計が午前二時を指していた。私たちは明日もあるので寝ることにした。雨のために、三人に終日、俳句に関する質問攻めにあってしまった、私の旅行初日は、ようやくこうして終わった。
酒を飲んだ日の中澤のいびきはものすごいので、彼より早く眠らなければ寝そびれてしまうから、歯磨きは省略して布団にもぐりこんだ。
箱根は秋とはいえ夜は冷えるが、羽根布団に暖かいカシミヤの毛布が入っていた。
雨はまだ降り続いていた。