新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で経済活動を軌道に乗せるには政府が透明性のある統計情報を提供することが不可欠だ
安倍前首相が2020年4月7日に、ゴールデンウィークの最終日である5月6日まで期間を定めて出した緊急事態宣言は、5月25日に全面的に解除された。政府の専門家会議は、緊急事態宣言の解除の基準として「実効再生産数」という数字を持ち出した。
この実効再生産数とは、「基本再生産数」とは違うようだ。基本再生産数とは、「1人の感染者が免疫を持たない集団に加わった時に平均して何人に感染させるかという人数」と定義されている。基本再生産数は、まだ感染者がいない集団での数字で、実効再生産数は、すでに感染した人も含まれる集団での数字のようだ。
主な用途としては、①新しい感染症が集団内に蔓延するかどうかを決定する、②感染症を撲滅するためには集団のどの程度の割合にワクチンを接種して免疫を持たせるべきかを決定する、という2つが挙げられている。新型コロナウイルスの場合、飛沫感染で1.4から6.6までの数字が報告されているが、この数値が1.0を下回れば疾病が絶滅するが、1.0を上回れば流行が拡大することになる。
5月1日の専門家会議の発表によれば、実効再生産数は全国平均で3月25日では2・0であったが4月10日には0.7まで下がったという。東京都に限って見ると、3月14日では2.6だったのが4月10日には0.5まで下がったらしい。
これがもし本当ならば、緊急事態宣言は解除されて然るべきだが、そうならないのは何故であろうか。推察するに、「把握されている感染者の数は必ずしも感染の全体像を正しく反映していないかもしれない」という専門家の科学者としての良心がそうさせているのではないかと思う。もしそうだとすると、2.0から0.7まで下がったという〝実効〟再生産数の前提となる算出根拠そのものを疑わなければならない。
感染者の把握という観点では、当時は帰国者・接触者相談センターが紹介しない限り、発症しても4日間の自宅待機を余儀なくされ、中等症になって漸くPCR検査を受けて陽性が判明する。逆に、発症していない感染者が何人いるのか分かっていない。ということは、感染の全体像は掴めていないのだ。専門家会議が緊急事態宣言の解除に慎重になるのは、当然と言えよう。
やはり、PCR検査の件数を大幅に拡大し、感染者と非感染者を明確に識別することが必要ではないか。運び込まれる患者が感染しているかどうかが判るだけでも、医療関係者の精神的な緊張を和らげ、ひいては医療崩壊の防止に大きく役立つに違いない。
振り返れば、PCR検査の件数を絞り込んだ状態のまま、「実効再生産数の低下傾向が続くので緊急事態宣言を解除する」という政策決定をしたことになる。しかし、この措置が科学的な知見に基づいた妥当な判断だったかどうか、議論の余地があるだろう。
国民の側は、政策決定の際に紹介される様々な数式や統計を盲信しないよう、批判的に検証する眼を失わないことが大切である。