「冗談はよせよ。ヘロイーナだって? そんな名前かわいそうだよ。もっとかわいい名前にしてやろうよ」
別の人が反対した。
「ヘロイーナという名前にすれば、みんなが今度の事件のことを忘れないだろう。へロイーナという名前は、この子にとって勲章みたいなものじゃないか」
若い警察官は、めずらしく真剣な顔で言った。
これを聞いて、皆もなるほどと思い、フィオリーナはその日からへロイーナと呼ばれることになった。
事件から一カ月がたったころ、フランシスコがカルロスの病室を訪ねた。
「カルロス。君の情報が役に立ったよ。約束どおり、君の命は警察が守るよ」
フランシスコは保護した五ひきの犬のうち、三びきが助かったことを話した。
「君がおなかの中にヘロインの袋を入れたんだろう? 獣医の知識をまちがったことに使ったね」
カルロスは何を言っても無表情だった。
「ところで、君はオリノキア州のガルシア牧場のむすこだったね。お母さんの名前はコンスエラだろ?」
カルロスの表情が動いた。
「母さんはどうしている? 教えてくれ」
「君のお母さんは、麻薬ギャングに連れ去られ、牧場はうばわれてしまった。半年前のことだ」
「母さんは生きているのか?」
「残念だけど、それは分からない」
また、カルロスの顔が無表情に戻った。
「カルロス。君は子供のころ、子犬をもらっただろう? 覚えているかい? そのとき、子犬を持っていったのは僕と父母だったんだよ。君と僕は親戚なんだよ」
カルロスは遠くを見るような目をした。その表情は少し和らいだように見えた。
そんなカルロスに、フランシスコは幼なじみに話すような気持ちで続けた。
「僕の父は麻薬ギャングのために殺された。曾祖父の代からのコーヒー農園もうばわれた。父は僕がマリファナを吸おうとしたとき、『麻薬は平和をうばうものだからやってはいけない』と教えてくれた。最期の時にも、父は死をもってそのことを強く教えてくれた。だから、僕はこの国から麻薬をなくすために警察官になったんだ」
カルロスが口を開いた。
「君は幸せだな。僕にはそのことを教えてくれる父はいなかったよ」