誘拐
訓練所の緊急電話が鳴りひびき、部屋全体にさっと緊張が走った。
「何だって? アマリアが誘拐されたって?」
電話をとった職員が、大きな声をあげた。
「所長、大変です。アマリアが空港からの帰り道で誘拐されました。銃を持った三人組に襲われて、車ごと連れていかれました。ハンドラーは無事です」
「なに? すぐに全員、現地へ行け」
到着した職員たちに、興奮したハンドラーが言った。
「三人の男が銃を突きつけて車を止めさせて、自分を車から引きずり下ろしたんだ。三人はその車に乗りこんであっちの方向へ走り去っていった。アマリア、どうか無事でいてくれ」
大勢で探したが、アマリアの手がかりは見つからなかった。
次の日、誘拐犯から電話があった。
「犬を返してほしければ、一万ドルを持ってこい。言うとおりにしなければ、犬を殺す」
身代金を払うと見せかけて、アマリアを取り戻すという計画が立てられた。麻薬探知犬の出動はすべて中止となった。
身代金をわたす役の警察官が、犯人から言われたとおり無人のガソリンスタンドに行ったが、犯人は現れない。三時間たっても何の連絡もなかった。
不安な一夜が明けた。アマリアはどうなってしまうのか。元々、アマリアは麻薬ギャングから命を狙われている犬だ。
誘拐したのが麻薬ギャングならば、アマリアさえいなくなればいいので、もし身代金をわたしたとしても、アマリアの命は助からないかもしれなかった。
重苦しい一週間が過ぎた。あの日からアマリアの姿はない。アマリアは優秀な麻薬探知犬であるばかりでなく、性格の優しい犬だった。へロイーナやほかの犬とも仲が良かった。アマリアがいなくなって、犬たちも元気をなくしてしまった。
警察は国民に協力してもらうため、アマリアの写真を新聞に載せた。
「エリート麻薬探知犬、誘拐される!」
記事には、アマリアがどんなにたくさんの麻薬を発見したか、くわしく書かれていた。国中の人々から、情報を知らせる電話や手紙が舞いこんだ。しかし、残念ながらアマリア発見につながる情報は一つもなかった。
一通の手紙が来たのは二週間目のことだった。
「ソアチャの町はずれの倉庫にアマリアの死体がある」
という内容だった。すぐに警察官が向かった場所には、くずれかかった倉庫があり、奥の方にアマリアが横たわっていた。やせて、あばら骨が見えている。そのあばら骨がわずかに上下に動いて見えた。
「生きているぞ」
警察官はアマリアをそっと抱き上げて動物病院に運んだ。アマリアは犯人たちから、ひどいあつかいをされたので、すっかりおどおどした性格になり、体も弱り切ってしまった。診察した獣医師が言った。
「もし、アマリアの体力が戻っても、麻薬探知犬として働くことは無理だ」
この事件は、人々に大きなショックを与えた。麻薬探知犬を傷つけるようなひきょうな犯罪がなくなるのは、いったい、いつのことなのだろう。