第4章 フィオリーナからへロイーナへ
第六話 ヘロイーナ
二人の刑事が帰った一時間後、カルロスの教えた一軒家と裏町のビル、その二カ所に大勢の警察官が踏みこんだ。全部で二十人以上の男たちが逮捕され、一軒家からは、たくさんのヘロイン、コカイン、大麻樹脂が見つかった。
そればかりでなく、家の地下室には五ひきの子犬がかくされていて、その全部のおなかに手術したようなあとが見つかったのだ。カルロスが逮捕される前に最後の手術をした十ぴきのうち、五ひきはすでにフロリダへ向けて送り出された後だった。
警察は五ひきの子犬をエックス線で調べた。すると、五ひきの子犬のおなかに大きな四角い物が入っていることが分かった。五ひきの中の一ぴきがフィオリーナだった。
フィオリーナは危ないところで、助かったのだ。カルロスの決断がもう少しおそかったら、フィオリーナもフロリダへ送られていたにちがいない。
五ひきの子犬は、動物病院へ連れていかれた。おなかに何が入っているか分からないままでは危険だ。小さな犬たちにもう一度麻酔をかけ、慎重に取り出されたものは、ヘロインの黒い溶液が入った大きなプラスチックの袋だった。手術は無事に終わり、後は五ひきが元気になるのを待つばかりだった。
ところが、取り出し手術の一週間後、五ひきの子犬のうち、二ひきの様子がおかしくなった。何も食べず、水しか飲まなくなり、苦しそうに息をしている。手をつくしたが、二ひきの子犬はとうとう死んでしまった。
子犬が死んだ後、警察は子犬を使った麻薬密輸事件について新聞に発表した。このニュースが報道されると、世界中の人々が、驚きと怒りの声をあげた。
「麻薬のために、こんな残酷なことまでしていたのか」
罪のない子犬が犠牲となったこの事件は、その後も長く人々の心に大きな傷を残した。
手術を乗りこえたのは、フィオリーナとバセットハウンドとラブラドールレトリバーの三びきだけだった。もうだいじょうぶだ。元気になった三びきの子犬は警察の職員が引き取って、家で育てることになった。
三びきの中で、フィオリーナは一番の人気者だった。フィオリーナを引き取りたいという希望者がたくさんいたので、飼い主が最後まで決まらなかった。飼い主の決まった二ひきが先に警察署から出ていった後、自然にフィオリーナは警察署のマスコット犬のようになった。
それならば、フィオリーナをこのまま警察署で育てようということになったのだが、そうなると名前が必要だ。フィオリーナという名前があることは、誰も知らない。
「おなかからヘロインが出てきたんだから、へロイーナがいいんじゃないか」
いつも冗談ばかり言って皆を笑わせている若い警察官が言った。