婚礼祝いの領巾

それからひと月が過ぎたある晴れた日、幸姫は保些の屋敷の庭に作られた花園で侍女達と花をたおっていた。風神丸は蝶を追い回して勢いよく花の中へ飛び込むと、顔一面に花びらや花粉をつけて、幸姫や侍女達を笑わせた。

「うふふ! 風神丸の顔にお花が咲きましたわ! それに鼻の先が黄色に染まって」

と幸姫が言うと、

「まあ! お似合いですこと!」

「風神丸はおのこですよ」

「あっ! そうでした。これはとんだ失礼を。でも、お化粧をしたみたいに見えてつい……」

「まあ! そう見えますねえ!」

と侍女達は笑みを交わした。

そこへ保些がやって来ると、数輪の花を摘み、幸姫の髪に飾った。

「そなたは花の精そのものだ」

幸姫は顔を赤く染め、突然、姿を見せた保些に侍女達は慌ててひれ伏した。

「これ、私に気を使うことはない。私もそなた達の遊びの仲間に入れてくれ」

庭では保些、幸姫、侍女達の笑い声の花が華やかに咲いた。

その日の夜、保繁の館では保些と保繁が激しい口論を繰り広げていた。

「おやじ殿。龍神(たつ)(もり)の里を……幸姫の里を攻めるとは? 冗談が過ぎますぞ」

「わしは冗談を言う男ではない」

保些の身体は怒りに震え、

「幸姫と和清殿。そして羅技殿や里の者達を欺くのですか? 幸姫との婚儀によって龍神守の里とは末長く良い交流をすると言われたのは、おやじ殿ですぞ」

と保繁を殴ろうとしたが、家臣達に羽交い絞めにされた。

「小さき里ではあるが、とても豊かな里だ。里には塩が取れる湖がある。あの里を手に入れば我がクニは無敵になるだろう。これを見てみろ!」

保繁は懐から小さな袋を取り出し、開けて見せた。

「これは、幸姫の父上殿から婚儀の祝いにと頂いた翡翠の玉!」

「そうだ。あの里の和清と息子の羅技はこれよりも大きな珠を額飾りにしていた。他の全ての家臣たちも付けていた。龍神守の家臣の一人から里には翡翠が採れる山があると聞いたのだ。この二つが我が手に入れば、阿修のクニはますます強大になるぞ」