武史はこの男性も父親がいないのかと思った。
タケルも一人っ子のようだ。もしも自分たちが双子ならば離れる理由もない。たまたまよく似た顔なのだろうと武史は思いたかった。
「脳波も正常ですし、血圧も安定しています」
「秋山先生、勤務する第二病院の方へ転院してリハビリします、彼の意識が戻ったら連絡お願いします」
武史は松葉杖をつき、秋山医師に頭を下げた。
「お大事に、無理をなさらないように」
「アメリカ研修は時期を変えてでも行きたいものですから、せっかくのチャンスなので」
武史はそう言いながらポケットに収めたタケルの髪を大事にして、退院する準備をしていた。松葉杖を置いてスマホを取り、友人で大学病院に勤務する広瀬に電話をした。タケルの意識が戻るまでに、自分の勤務する第二病院へ戻らなければならない。同じ顔の二人が同じ場所にいてはまずい。今は彼が目を閉じているからいいものの、もしも目を開いたら……。
広瀬は勤務中のようだった。留守電にメッセージを入れたので、近いうちに武史が勤務する第二病院を尋ねてくるだろう。彼は大学病院で遺伝子研究をしていた。あとは武史の父親に結果が出たら話をするだけ。だが、すべてを明らかにしても、この病院の跡取りを諦めるつもりはない。全部自分のモノだ。
だが、この時点ではタケルが目覚めても、事故の前後の記憶を全く失っていることを武史は知らなかった。