足立くんが佑子の方に走って来る。フォワードとバックスが分かれて、それぞれのユニット練習になる区切れ目だった。
「先生、ウチはまだフォワードとバックス、分けてないんですけど、オレの判断でいいですか」
「どう分けるの?」
「オレはバックスなんですけど、あと、なごみと、シンちゃんはハンドリングがいいから。で、ヨーイチとミッキーとケータがフォワードって。いいですか」
「キャプテンでしょ。判断は任せる。今日は吸収する日だから、いっぱい失敗しておいで。それで、いいと思う」
佑子は立ち上がりながら足立くんと目を合わせる。花田先生も立って、グラウンドに足を踏み出す。
「ようし、スクラムだな」
龍城ケ丘高には女子マネージャーがいない。一年生部員と海老沼さんが、給水ボトルを持って走り回っている。その水を口に含んだり頭からかぶったりしながら、部員たちは二つに分かれてユニット連習に向かった。
山本先輩の現役時代のポジションはスタンドオフだったから、バックスのメンバーを集めてレクチャーを始める。フォワードはグラウンドの隅にあるスクラムマシン周りに集合した。花田先生はそのフォワードの方にゆっくりと歩み寄る。
スクラムもラインアタックの練習も、本当に丁寧で緻密な指導だった。フォワードは姿勢の作り方や足の配置や角度、腕や首の使い方にいたるまで。バックスも、ポジショニングの時の足の置き方から走る方向、パスの質など。なぜそうしなくてはいけないのか、そうすることでどんな効果があるのか。
もちろん、一年生たちはどれをとっても十分なパフォーマンスなどできない。ただ、反復練習の中で、少しずつ個性を発揮し始める。長身ゆえにロックというポジションに当てはめられた保谷くんは、スクラムマシンを押すためにぐいぐいと足を踏ん張る。その前のプロップに置かれた西崎くんも、何度もヘッドキャップをかぶり直しながら、背中やお尻の位置を模索する。交替しながらスタンドオフに入った足立くんは、大声で指示を出しながらラインアタックの演出を試みていたし、澤田くんは決してハンドリングミスをしない。何より、前田くんは猛烈なスピードを何度も披露し、龍城ケ丘のメンバーを驚かせた。
「いいね。面白いね。大磯東の子たち」
二時間半ほどで練習を切り上げ、汗だくの顔で山本先輩は佑子に相対した。
「来月のセブンズは間に合わないけどさ、秋の大会で合同ティームでの出場、考えてみないか?」
当面の目標どころか、どうやって人数を増やすかしか考えていなかった。高校ラグビーの年間のスケジュールは承知していたつもりではあるけれど、地区が違えば相違点もあるし、指導者目線が足りなかったな、と、佑子は心の内で独りごちた。おそらく、足立くんはそうしたことも考えてはいたのだろうけれど。
「もし、一緒にやれるのなら嬉しいですけど、ウチの子たちが足を引っ張っちゃったら申し訳ないし」
「大丈夫。夏を越える頃には、あの子たちも成長してるさ。葉山高の同期の連中だってそうだっただろ」
山本先輩の笑顔には屈託がない。花田先生は目を閉じて頷いている。
「夏には一緒に合宿行こうよ。菅平」
話がどんどん進んでしまうのに、佑子は目まいがする思いだ。でも近い将来の、具体的な目標が次々に示される。それは快いことでもあった。細かいことはともかく、山本先輩に甘えてしまおう。そう思って丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」