ゆっくり歩いて行こう
約束の土曜日の朝、平塚駅で待ち合わせた部員たちと、龍城ケ丘高校に向かった。平塚の町の海寄りの、住宅街の裏側に学校はあった。
校庭のフェンスの外にはうっそうとした松林。梅雨にはまだ間がある時期だけれど、空はどんよりと曇っている。練習開始予定よりも少し早く、さすがに男子生徒が着替える傍にはいられないから、しきりに遠慮する海老沼さんを手伝って給水ボトルを洗う。
その背後から、張りのある声が響いた。どこか、懐かしさを感じさせる声。振り向いたらそこに、山本先輩がいた。高校時代に、何度もコーチしてくれた葉山高ラグビー部のOBだ。
「ご足労いただいて、ありが、あ!」
さわやかな挨拶の言葉が、途中で止まる。山本先輩も佑子が見覚えある顔だと気づいたのだろう。佑子は佑子で、驚いて声も出ない。そう、高校生の頃聞いたことがあった。山本先輩はラグビーのコーチがしたくて教職を目指すのだということを。
「葉山高の、マネージャーさんだったよね」
「はい。あぁ、電話した時、どこかで聞いた声だと思ったんですけど、山本先輩だったなんて」
「世の中、狭いっていうか。ねぇ。めぐりめぐって隣どうしの学校に来るとはね」
「今年の新採用なんです。ウチの学校にもラグビー部あったんで、一生懸命一年生集めて。よろしくお願いします」
安堵感なのか懐かしさなのか、一瞬だけ涙腺が緩んだ。でも、ボトルを洗い終えた海老沼さんが佑子の隣に立って、山本先輩にぺこりと頭を下げた姿で、気が引き締まる。
「このグラウンドで、君たちの代が、まだ強豪だった頃のウチに大健闘したって、ガンのヤツが涙ぐんでたことがあってさ。そこにオレが赴任するなんて、これも縁、ってやつなのかな」
ガンさんは、山本先輩の同期で、やっぱり熱心にコーチしてくれた人だ。もちろん佑子もその場に一緒にいた。大健闘とはいっても、実はトライを一つ、取っただけだったのだが。