私は飲み屋で酒を飲みながら、ふと蘇ってきた母の記憶に心を傷めて、独り言をもらしていた。
「ああ、一度でいいから親孝行の真似事をして、御袋の喜ぶ顔を見ておくのだった」
酒を注ぎにやってきた若い女は、
「あら、皆そうなのよ。親が死ぬと、親孝行をしてみたくなるものなのよ」
と言って、天井を見あげた。私はよろずのことに無感動になっていて、そんな月並みな感情に心が疼くことに、自分でも驚きながら、独り酔い痴れるまで酒を飲むしかなかった。
それから二年ほどして私の酒の中毒は最終段階に入り、私はほとんどすべてを無くして、雪に被われた田舎の山野をさすらっていた。言い知れぬ恐れを背負った薄氷を踏むような逃避行だった。すでに連続飲酒に陥っていて、どうしても酒が止まらなくて、反吐を吐きながら、冷たくて苦い酒を飲み続けた。
やがて追い詰められ、死を求めてさ迷ったが、死に切れなかった。そのまま行き場をなくして路頭に迷ったのだった。そして、行き倒れになる苦しみに耐え兼ねて、ただ一人の肉親である姉に助けを求めた。
自ずから死ぬことを諦めて、恥を忍んで生きることを選んだのだ。自分の力で生きていくことを放棄した虚しさで心が痛んだが、運を天に任せてもはや後悔しなかった。そして、助けに来た姉に導かれて、大阪のアル中の施設の門を叩たたいた。私はそこに自分のすべてを委ねて、やっと酒を止やめることができた。