保些の渾身のプロポーズ
保些は己の行動に後悔したが、同時に二人の姿を見て嫉妬を覚えた。
「保些殿。幸が怯えております。万が一、保些殿の申し出を断る事となると我が里と戦になりますかな?」
和清が言うと、
「とんでもない事を言われる。龍神守の里とは今後、親しく付き合いたいと願っているのに。倅の無礼、どうぞ許して下され。倅は刀の稽古よりも書物を読むのが好きでしてなあ。歌を唄っている姿を見ては、我が跡継ぎの身であるのに気を病んでいます。それに家臣達からは非難や落胆の声が上がっており、情けなくて。幸姫様に倅は相応しくありません。つい先日、新しい馬を与えたのですが、家臣達の前で落馬してしまい、わしは恥ずかしくて思わず顔を手で隠しました。嫡男の保些は羅技殿の様な男らしく勇ましい男に育てたつもりですが……」
と保繁が返す。
保些は幸姫が落とした杏の技を握り締め、和清の前に進み出ると両の手を付き、頭を深く下げた。
「幸姫殿を大切に致します。私の妻に迎えること、御許し下さい」
羅技は頭を床に付けてひれ伏している保些の顔を見て、父に小さき声でささやいた。
「父上、事は慎重に致さねばなりません」
「保些殿は真、優しそうな御人だ。幸姫の良き婿殿になるであろう。なんと立派では無いか。男がここまでして頼む事とは……。保些殿はとても勇気ある男よ! なかなか真似が出来る事ではない!」
「し、しかし父上……」
「保些殿! お互いの気心を知る意味で暫くの間、文でも交わしたら如何かな? そうすればお互いの心の内が解り合えると思うが……」
保些は嬉しそうに頷いた。
「幸姫? お前はどうなのじゃ?」
幸姫は顔を赤く染め、恥ずかしそうに羅技の背にそっと顔を隠した。
「ふっ! 保些殿! 幸もまんざらではなさそうですぞ! 互いの気持ちを確かめあった後、一緒になるかどうか決めてはどうであろうか? 保繁殿のお考えは如何ですかな?」
「わしも和清殿と同じだ! しかし、倅がこうもはっきり物申すとは。幸姫殿の美しさが倅に勇気を出させたのでしょうなあ。幸姫殿が保些の嫁になってくれれば、保些は立派な男になるでしょう。ますます交友が深まりますなあ、真にめでたい! すぐさまクニに戻り、幸姫殿を迎えるべく準備しなくては! おっと、わしも動揺してつい、事を急ぎ過ぎましたなあ! ははは!」
保繁一行は夜が明けると早々にクニに帰って行った。羅技と和清は里の入り口で見送り、和清は嬉しそうに手を振っていたが、羅技の心の中には「保繁には何か恐ろしき企みがあるのでは?」と疑念が生まれていた。