「なごみがダッシュしたとき、やっぱり、ぼく、勝てない、って思ったんですよ」
佑子は頷いて、笑みで次の言葉を促した。
「くやしい、って思いました。柔道やってた頃、そんなこと、思ったこともなかったけど。いつだって、練習だって試合だって、いつも早く終わらないかな、って、思ってました。痛いのも辛いのもヤだったし、負けることも、当り前だったし、負ければ、早く終われるし」
彼は、何度かつま先立ちして、その都度改めて強く踵を歩道に押しつける。
「でもね、でもそれじゃダメなんだって」
西崎くんは気弱なような、それでも何かを決意したような、不思議な笑顔を作った。
「昨日、足立先輩の背中が、そう、言ってたんです」
そこまで言って、ぺこりと頭を下げた西崎くんは学校に向かって走り出した。佑子は彼への言葉を持てなかった。彼は強い気持ちを自分の中に見出した。それは西崎くん自身のもので、自分が干渉できることじゃない。佑子はそう思いながら一直線の殺風景な歩道を遠ざかっていく背中を見送った。
孤独な中で、でもラグビー部であろうとしてきた足立くんの、無言の強さを、彼は感じたんだろうか。佑子は思う。ラグビー部の仲間と過ごした、何物にも代えがたい時間。その場を大きな度量で与えてくれたのは、顧問の山名(やまな)先生だった。いつでも穏やかな表情で、でも絶え間なく自分たちを守ってくれていたんだということに気づいたのは、卒業式を迎えた後のことだった。
なら、自分は先生と呼ばれながら、そんな風にあの子たちを支えてあげられるんだろうか。佑子は小さくなる西崎くんの姿を見つめながら、さわやかな五月の海風の中にいた。負わなくてはいけない重さ、どこか快い重さを身体の奥底に感じながら。