歌劇 『雪女の恋』
❖登場人物
雪女 こゆき
姉 ふぶき
里人 弥助
山の神
第七場
弥助: また 泣いている
ずっと 幸せそうだった 小夜
鈴が転がるような 声
こぼれるような 笑顔
その小夜が 物思いにふけるようになった
嫁に来て三年目
独り 人知れず 泣くようになった
私に見せる 幸せそうな 顔
いとし子 抱く 幸せな 顔
その陰で 小夜は 泣くようになった
ある日 そのわけに 気づいた
気づいた その日から 私は……
音楽「月が欠ける夜」。
こゆきは弥助に気づき、あわてて立ち上がる。
こゆき: あ お前さま お帰りでしたの?
弥助: おお 今 帰った
こゆき: 夕餉の支度を しましょうな
弥助: (ふと前に歩み出し)おい 小夜、空を 見てみい
ふしぎなことが あるものよ 月が欠け始めたぞ!
こゆき: 月が……!
弥助: 白く輝くまんまる月に
赤黒い影が かかり始めている
村の年寄りが 言ってた通りだ
こゆき: 月が 欠け始めた…(崩れるように座り込む)
弥助: 満月が新月になり 再び満月に戻る
一晩限りのことだそうだがな
どうした 小夜?(こゆきのそばに駆け寄る)
こんなに震えて どうした?
こゆき: ああ 弥助
強く抱いて この小夜を 放さないで この小夜を
ああ ついに 来てしまった この夜(よる)が
とうとう 来てしまった 運命(さだめ)の夜が
人里降りて三年目 月が一夜で欠ける年
天空の満月が新月に変わる夜
わたしは ここから 消える
弥助: 消える?
ここから 消える? 消える?
こゆき: ああ とうとう 来てしまった この夜が この夜が!
もう ここには いられない(弥助にしがみつく)
弥助: (独白)ここには いられない?
小夜! やはり お前は
こゆき: 弥助 許しておくれ
小夜は 小夜は 隠し事をしていたわたしは 小夜 でも 小夜は 仮の姿
本当の わたしは…… 本当の わたしは……
言葉が続かないこゆき。弥助は、涙にくれる妻の顔を両の掌(てのひら)で支える。
弥助: こゆき!
こゆき: どうして それを どうして!
弥助はこゆきから離れて立ち上がり、舞台前に歩む。
弥助: ああ 春だった
畑で小夜が泣いていた
菜の花に囲まれ背中を震わせていた
ああ 秋だった
急に家を飛び出したので後を追うと
裏道で泣いてた
どうした? と声を掛けると
涙をかくして椎(しい)の実(み) を拾っているのと笑った
そして 冬
雪降りの夕方、焚き木を採りに出かけようとすると
小夜は 血相変えて叫んだ
冬のお山は けっして行くな!
驚いてお前の顔をじっと見た
そして 気づいた
こゆき お山で逢った こゆきだ!
気づいてた 小夜は こゆき こゆきは 雪女
でも 言い出せなかった 怖かった
もしお前が消えてしまったらと思うと……
こゆき: 弥助!