喜歌劇『クローディアスなのか、ガートルードなのか』

❖登場人物

クローディアス … 先王の弟、後にデンマーク国王
ガートルード …… デンマーク王妃、ハムレットの母
ポローニアス …… 内大臣
ハムレット ……… 先王の息子、デンマーク王子
女官長
執事
肉屋
肉屋の女房
パン屋
酒屋
酒屋の女房
大工
鍛冶屋
伝令

デンマーク・エルシノア城内および城下での出来事。

舞台の平面（平舞台）に二段重なる様式の馬蹄形三層の舞台装置。

上舞台と中舞台の両端は「廊下」となって上手・下手袖まで伸びている。

上舞台には左右対称的に二本の柱が立っている。

上舞台中央奥に、国王・王妃登退場のための階段が設置されているが、客席からは見えない。

場面設定として、テーブル・椅子・ソファなど小道具を用いる場合もあるが、原則的には何もない空間である。

第一幕

第八場　エルシノア城下の空き地​

肉屋の女房：　（甘ったるい声で）ねえ伝令様、ご存じなんでしょ。王様が亡くなった訳、ちょこっと教えてくださいな。
伝令：　（半ば泣き声になって）気安いぞ！　ハンス様は代々伝令のお役目を仰せつかり、王様のお言葉を一言一句違わずお伝えする。他言は無用、――……しかし、……しかし、王様が亡くなった今、そのご最期を伝えることはお仕えした者の務めだろう。……王様の、王様の魂を慰めることになるからなあ。
酒屋の女房／肉屋の女房：　……ハンス……
大工：　（伝令の肩を抱いて）そうさ、そうともさ。俺たちには、聞いてやることしかできないけどな。
肉屋：　できないけどな。
伝令：　ああ。（涙をぬぐって）内大臣ポローニアス閣下からのお呼びでお城へ上がると、取り次ぐ前に執事が教えてくれたんだ。
……あっけないご最期だった
中庭でいつもの昼寝をしていた時
毒蛇に噛まれたのがもとで命を落とされた
鍛冶屋：　不慮の事故か。
パン屋：　人間なんて、いつどうなるか分かんないもんだな。
酒屋：　まったくだ、王様であってもな。
鍛冶屋：　おい、ハンス。次の王様はどうなるんだ。内大臣閣下からお話は無かったのか？
伝令：　あった。
……国王崩御に伴い　新たな君主の即位となる
他国に侵略の隙を与えず民心の安定を図るために
王位に空位は無いのだ
直ちに王位継承第一位の者が新国王となる
鍛冶屋：　王位継承第一位の者……
大工：　だれ、それ？
伝令：　先王の弟君、クローディアス殿下。
大工：　え？　え～？　兄貴のいない間に王妃様を口説いたあのお方？
酒屋：　じゃ、次の王妃様は？
伝令：　まだ、そこまでは。なにしろ、お葬儀もこれからなので。
パン屋：　まさか、旦那の留守に弟君によろめいたあのお方じゃないだろうね。
酒屋：　ないとは言えない、いや、あり得るな。
酒屋の女房：　くふっくふっ、話が面白くなってきた。
肉屋の女房：　え？じゃ、王様の留守に懇（ねんご）ろになったお二人が結婚するってこと？
酒屋の女房：　……そうだね、そういうことだ。
伝令：　まだ決まってないんだ、そんなことは！
大工：　……ハンス。
肉屋：　「ねんごろごろ」って、なんだっけ？
肉屋の女房：　いいんだよ、お前さんは。
鍛冶屋：　問題は、王位継承第二位の者だ。この事態を黙って見ているかな。
パン屋：　だれ、それ？
伝令：　先王の跡継ぎ、ハムレット王子様！
酒屋：　黙ってないや、そりゃ。ついこないだまで叔父さんだった男と母親がくっ付くんだものな。
パン屋：　自分の頭に乗るはずの王冠は横取りされるわ、王妃までかっさらわれるわ……。
伝令：　（パン屋と酒屋につかみ掛かる）許されない！　そんなことは許さないんだあ！
大工：　おい、まて、まて！　やめろ！

大工が三人を引き離す。伝令は号泣する。間。

肉屋：　（伝令の傍へ行き）ハンス、くやしいんだな、悲しいんだな。でも、泣くな、泣くなよ。
肉屋の女房：　そうだ、ハンス。あんた、内大臣様の御用があったんじゃないのかい？
酒屋の女房：　そうだ。王様はお亡くなりになったけど、伝令のお務めはあるんだろ？　なにしろ、生まれつき足が速い。走り出せば、先ゆく馬を追い越し追い越し、だ！
伝令：　（直立不動になり、上着の胸あたりを手で押さえる）ある。ハムレット様への手紙。この裏に縫い付けてある。王様のご葬儀のお知らせだ。（小さな革袋を差し出して）ポローニアス閣下が金貨を下さった。
……馬も雇え　船にも乗れ
これからも頼むぞ
鍛冶屋：　よし。ハムレット様は、ドイツ国ウィッテンベルク大学におられる。そのデンマーク一の速足で出発だ！
伝令：　（笛を高らかに一吹きし、平舞台から上舞台まで一気に駆け上がる）みんな、ありがとう！

伝令は、上手奥に走り去る。

音楽（「王子様が帰ってくる」）。

明かりが薄暗くなるとともに、一同が一塊になって歌う。

王子様が帰ってくる　このお城へ
ハムレット様が帰ってくる　このお城へ
亡くなった王様のご葬儀に
亡くなった父上のご葬儀に
帰ってくる　帰ってくる
何かが起きる　何かが変わる
何かが起きる　何かが変わる
王子様が帰ってくる　このお城へ！
ハムレット様が帰ってくる　このお城へ！

ひときわ大きな弔砲の音が響き、舞台暗転。

テーマ音楽。音楽が盛り上がって終わると、劇場内が明るくなる。

完。

第二幕に続く。

【引用参考文献】シェイクスピア全集「ハムレット」小田島雄志＝訳（白水社）