喜歌劇『クローディアスなのか、ガートルードなのか』
❖登場人物
クローディアス … 先王の弟、後にデンマーク国王
ガートルード …… デンマーク王妃、ハムレットの母
ポローニアス …… 内大臣
ハムレット ……… 先王の息子、デンマーク王子
女官長
執事
肉屋
肉屋の女房
パン屋
酒屋
酒屋の女房
大工
鍛冶屋
伝令
デンマーク・エルシノア城内および城下での出来事。
舞台の平面(平舞台)に二段重なる様式の馬蹄形三層の舞台装置。
上舞台と中舞台の両端は「廊下」となって上手・下手袖まで伸びている。
上舞台には左右対称的に二本の柱が立っている。
上舞台中央奥に、国王・王妃登退場のための階段が設置されているが、客席からは見えない。
場面設定として、テーブル・椅子・ソファなど小道具を用いる場合もあるが、原則的には何もない空間である。
第一幕
第七場 クローディアスの部屋
音楽(「中庭で過ごすひと時」)。
ガートルードが下手前に進み、物思いに浸る。クローディアスが上手前に現れる。
クローディアスはガートルードを見つめながら囁くように歌う。
ガートルードは(思い出の中で)応えるように歌う。
クローディアス: おお デンマーク国に咲く 一輪の薔薇
華やかな美しさ 香しさ
ガートルード: 時の針は 動きを速め
薔薇の美しさ 消え去って
花弁しおれ 香りも失せて
クローディアス: 時の針の 動きは止まり
薔薇の美しさ 鮮やかに
時間を超えて 今この胸に
クローディアス/ガートルード: ああ この中庭で過ごすひと時は
何よりの歓び 歓び
ガートルードが人の気配を感じて振り向くと、クローディアスと目が合う。
音楽(「夜の帳が降りる」)。
クローディアス: ……義姉上、お別れです。兄上は一等星シリウスのもとに生まれ、この身は名もなき星のもとに生まれた。王冠は兄上から王子へ受け渡され、この身は辺境の地に果てる。クローディアスにお似合いの運命。
ガートルード: ……クローディアス殿、なぜそのようにご自分を貶(おとし)めるのでしょう。西に沈みゆく夕陽は、夜が明ければ東から昇る朝陽となり、山に隠れる落日の夕映えは、海から昇る太陽の輝きとなるでしょう。
クローディアス: ……夜が明ければ国王のご帰還となり、クローディアスに、出陣のお触れが出ます。山に隠れる落日は、海から昇ることはない。私の前には、寒々とした日々が待ち受けているだけ。
ガートルード: (つぶやくように)……寒々とした日々が待ち受けているだけ。夫の心は離れ、息子は大人になった。あの穏やかな日々は戻らない。寒々とした日々が待ち受けているだけ。それは同じ……。
クローディアスはガートルードに身を寄せ、手を握りしめる。
クローディアス: ……寒々とした日々の先には死が待つのみです。クローディアスにとって義姉(あね)上はお慕いしてはいけない方。あなただけを見つめる幸せは苦しいものでした。最後のお願いです。激しく突き上げる感情を抑えられません。この胸に沸騰する熱い溶岩の流れを堰き止められません。
ガートルードはクローディアスの手を振り払い、身を固くする。
ガートルード: ……いけません! いけないのです。許されないことなのです。私は貞淑な王妃、あなたは実直な国王の弟!
クローディアス: ……「王妃」も「国王の弟」も捨てましょう! あなたはガートルード、私はクローディアス。(ガートルードを抱き寄せる)夜の帳が降り、月の光も届かない。この闇が、貞淑さと実直さを消し去り、この口は、貝のように固く閉じられ、秘め事を漏らさない。さあ、ガートルード、心の頸木(くびき) を解き放ち、クローディアスの腕に!
ガートルード: ……ああ!(ガートルードはクローディアスの腕に抱きすくめられ気を失う)
クローディアス: (ガートルードを抱き上げ)……クローディアスよ、王妃の次は王冠だ! 兄を亡き者にするのだ、けっして怯(ひる)むな!
音楽(「夜の帳が降りる」)を消し去るように、軍楽隊の響きが近づいてくる。
舞台暗転。