かのセザンヌは後年、クロードを評して
「モネは一つの眼である。絵描き始まって以来の非凡な眼だ」
と驚嘆したが、クロードはその目で、最も美しいと思われるポイントを一心に探している。夢中になるあまり、足元の倒木に思い切りぶち当たり転倒した。
「クロード!」
カミーユが慌てて駆け寄ると、クロードは右膝を抱えて苦しげに呻いていた。
クロードの足がすっかり腫れ上がったところへ、ようやくフレッドが到着した。これで念願の男性像スケッチに取り掛かれるというのに、歩くこともままならない我が身にクロードは悪態をついた。
フレッドはいつもの穏やかな調子でクロードをなだめると、患部を冷やし続ける仕掛けを即席で作った。天上から樽を吊るし、そこから少しずつ水が滴(したた)るようにしたのだ。
パリに出てきた当初、両親の意向で学んでいた医学の知識が思い掛けず役立った。
「しばらく安静にすることですな、患者さん」
フレッドは医者を気取って言った。
「冗談じゃない! 君たちが支えてくれれば森まで行けるさ。構想はもうこの頭の中に出来上がってる。こんなところでボンヤリしているわけにはいかない」
クロードはなおも喚(わめ)いた。フレッドはそこで、子どもをなだめるようにこう言った。
「僕に絵を描かせてくれないか。未来の巨匠が打撲で制作を中断し、無念にも天井を眺めている失意のさまをリアルに描いて見せるよ」
クロードは返事をしなかった。モデルを必要とするのはお互いさまだ。
「絵を描くからじっとしていてくれ」
と言われればこの人も黙るのだ。カミーユはクスリと笑った。
このときフレッドの描いた『急ごしらえの病室』には、クロードの不満顔が活写されている。