日本編

政裕初めての研究

研究のテーマ探しに戻る。

工場現場連中に経験のない新入社員に何ができるのか、冷ややかな目で見られているのを感じた。

研究テーマは製造現場を見て決めることにして、まず導火線の主組成である黒色火薬の製造工程を見ることから始めた。

その部門の係長と討議しているうちに黒色火薬の品質にむらが出る問題点が浮かびあがってきた。原因は木炭の炭化度がばらつくことだった。政裕は工程を検証するため連日現場に出向き、作業員と一緒に作業した。

ひと月ほどかけて実験した結果、炭焼き窯の内部温度の不均一が原因と判明、その解決策を決定して報告書にまとめてこの研究を終えた。これが就職して最初の研究報告となった。

次にクレーム出張で経験した導火線の耐水性について社内でも問題になっていたので政裕は自分なりの方策を考えることにした。

その経緯は省略するが構成の要点は導火線全体を一本の自燃性のゴム紐にすることである。

政裕の兄、郁夫は九州工大でゴムの研究で卒論の実験をしたことがあり、その関係でゴム関連のメーカーに就職していた。その道の知識が豊富だったので相談したところ、ある種の合成ゴムがこの目的に適しているといった。

早速そのサンプルを送ってもらい、実験を重ねて可塑剤には自燃性にするための酸化剤を選択して使用した。この作業には政裕が大学の卒論実験で研究した経験が役に立った。

燃焼伝搬速度を測定して所定の速度を得る最適の材料構成を決定することができた。この構成をゴム紐の形状にするため、簡易押し出し成型機を考案、完成した。

約半年の時間を要した。政裕兄弟の卒論の延長のような合同研究が実を結んだことになった。

燃焼実験は紐の一端にマッチで点火、そのまま水槽に投げ込んだら、水中でもゴム紐は裸のまま燃え進んだのは驚きだった。

燃焼速度も空気中とほぼ同じだった。はからずも兄弟の共同研究で一つの成果が出たことになった。

ただし商品化には安全上の問題があり、実用化には至っていない。

導火線で雷管に点火する方法はすでに時代遅れで、電気雷管がそれに取って代わっていた。根岸さんがその電気雷管の延時薬の研究に没頭していたのだった。

この耐水性ゴム紐状導火線の組成がはからずも埼玉工場で製造しているロケット固体推進薬の組成と酷似していたことはその時点では知る由もなかった。