フォンテーヌブローの森 1
アトリエを出てクロードと別れ、カミーユは家路についた。
カミーユは今、両親とリヴォリ通りのアパルトマンに住んでいる。兄と姉はそれぞれ結婚し、兄はパリ郊外に、姉はリヨンに住んでいた。
両親は、少し年の離れた末娘のカミーユをそれは可愛がってくれていた。カミーユがお針子になることを相談したときも
「お前は家計の心配なんかしなくていい」
と引き留められた。
それでも、カミーユはやりたいと言い張った。そんな風に自己主張したのは生まれて初めてのことだった。家計を助けるという目的ももちろんあったが、自分でお金を稼ぐ経験もしてみたかった。
いつも誰かに助けられてきた末っ子の自分でも、誰かの役に立つ人間なのだと実感したかったのかもしれない。初めての報酬をもらった日、それを両親に渡すとそれはそれは喜んでくれた。
母は、受け取ったお金の半分をカミーユの手のひらに戻し、半分だけで十分だと言った。ほんの少しばかりの、自分の稼いだ金という"自由"を手に入れ、穏やかに続いてきた両親との暮らし。それがいつまでも続かないことを今回のシャイイ行きは予感させた。
そして、その続かないということ、つまりクロードとの関係が深化していくことをこそ、今のカミーユは望んでいる。
クロードたちのモデルを務めることを相談したとき、両親は難しい顔をした。画家といえば無法者でだらしのない人種だと世間は考えている。時間も約束も守らず、女とみれば見境なく肉体関係に発展するような輩(やから)ではないかと心配していたのだ。
「とてもまじめな人たちだ」
というカミーユの報告にまずホッとし、ちゃんと謝礼金が支払われていることに安心し、多少外出が立て込んだり、一日の拘束時間が長くなったりしても、外泊などはないことで当面の信頼を勝ち得てきた。
シャイイ行きをどう切り出せばよいのか、カミーユは迷っていた。クロードが絵を描くところを一度でも見たら、いい加減な人間だなんて絶対言えないはずだという自信はあった。自分が愛するクロードのことだけは信じてほしかったし、それに足る男だとカミーユは思っている。
しかし、作品制作が目的とはいっても、二人だけで旅行に行くと打ち明けるわけにはいかない。クロードはフレッドをも誘っていたけれど、フレッドは
「六月後半なら行けると思う」
と返事していた。
つまり、それまでは二人きりだ。そしてそれを、今のカミーユは心から望んでいた。結婚前の十七の娘が男と二人きりで旅行に行くことを許す親など、どこを探してもまずいないだろう。