「それから、小学校のときに家庭科実習の試験があってな」
まだまだ昔話に華を咲かせようとしていたところ、遠くに次の光が姿を現した。
その光は今までで一際眩く、地平線の闇をすべて掻き消したほどだ。
例えるなら虹のようで、光に様々な色が混ざりあっている。そして光のある岸の人だかりは次第にまばらになり、ひとり残らず消えていく。それどころか縦横無尽に生えていた木々も草も、彼岸花さえも咲いていない。
これまでのものと比較しても異様な光だった。
「諌さん、気を引き締めてください」
庄兵衛の声に緊張が走った。
「これはおそらく、最後の記憶です」
「なんなんだ、あの光。さっきまでと比べものにならないぞ」
わたしは庄兵衛を振り返った。するとはじめて眼が合った。しかし反射的に顔を背けられてしまう。
残念ながら顔全体を把握することはできなかったが、かなり若い造形だった。
「こんなときに、すみません」
「いや、構わない。そんなことより、あれが最後なんだな」
「ええ、間違いなく」
光までもう幾許(いくばく)もなかった。
「用心ください。最後の光は、諫さんの最大の後悔を映す記憶の欠片でしょう」
その言葉で風がぴたりと凪いだ。庄兵衛が海から櫂を引きあげると、舟は慣性に従って進んでいく。
「諌さんの心が、打ち砕かれませんように」
そして舟は光の真横に接近する。わたしは眼を細めて光を覗き込む。なにか紙のようなものが見える。
光の横には、ちいさな女の子がいた。頬は赤く、ぷくぷくと膨れていたが、その顔は無表情だった。まるで不貞腐れているようでもある。水色のワンピースを着て、胸元には小学校の名札をつけている。名札を確認するまでもなかった。
そこにいたのは――
「そうだよな。この記憶が、最後に決まっているよな」
わたしの全身からすべての力が抜け、後悔で身が震えた。
そこにいたのは、愛娘の陽菜だった。
彼女が握りしめているもの。それは皺だらけの遊園地の入場券だった。