「実力テストの英語、七十点以上取れたか?」
「うん」
「くそっ、負けた」
入学して初めての実力テストが行われ、英語の科目で、亜紀に負けた真一は、悔しがった。
真一は富山県でもかなり山の方の田舎の中学校から入学し、努力して勉強していた。中学校では、トップクラスの成績だったはずだ。
亜紀は、英語の参考書を丸暗記していたので、解けたのだった。真一は、試験の用意をしなくて受けたから、書けなかっただけだ。
何かにつけ、真一は、亜紀に興味津々だった。
「好きな女優は、誰?」
「吉永小百合だけれど」
こう答えたら、亜紀の家に、『吉永小百合』の宛名で手紙が届いた。住所だけ正確に書いてあった。
「今度の日曜日、近くのライブハウスで、エレキギターを演奏するから、聴きに来て欲しい」
亜紀は、茶目っ気な振る舞いに笑いがこみ上げたが、クラシックしか興味がないので断った。
「せっかくのお誘いですが、ピアノのレッスンと練習がありますので、来場できません。わざわざお手紙をいただき、ありがとうございました」
手紙の送り主は、俳優の名を記した。
次の週、学校へ行くと、真一が、亜紀に聞いて来た。
「おまえ、ピアノ、やってんのか」
「そう」
「すげえなぁ」
「別に、趣味だから」
「俺の目標は、オールラウンドミュージシャンなんだ」
「なんでもできる音楽家ってこと?」
「そうなんだ。田中、ピアノが弾けて、羨ましいなぁ」
「山下君も弾けば?」
「俺、上手く弾けそうにない」
「やってみればいいでしょ」
「ううん、俺、バンドを持っているからいい」
「ふーん」
真一は、亜紀がブラスバンド部に所属しているのを知っていた。
それで、亜紀に憧れていたのだ。亜紀は、音楽の筆記も実技の試験も学年でトップだった。とうてい、真一は敵わなかった。
亜紀が音楽の範疇のことをなんでもやってのけるので、真一は、オールラウンドミュージシャンになりたい、と真似をしたのだった。
実際、英語の学力と音楽の力は、密接に関係していた。英語に長けていると、音楽のカテゴリーに強くなれるのだ。だから、亜紀は、英語と音楽の教科が得意だった。
英語と音楽の関係を、実は、亜紀は本を読んで知っていた。