初めての対決

李は、倉本社長が亡くなったのを聞いて、妻に、「これで借入金の返済問題はなくなるだろう。ディックの後任社長は、赤の他人だから何も変わらないだろうし、仮にディックの後任社長が誰になろうと、どうせ雇われ社長だから御しやすい」

「この機会に、私たちの役員報酬の改訂と、役員退職慰労金規定を直ぐ変えてちょうだい」

「分かった。早速金(管理部長)に指示する。とにかく、創業時無報酬で我慢したのだから、思い切って増額しよう。役員退職慰労金も、四倍にする。それに、倉本社長からストップを掛けられた樹脂製造設備を発注しようと思う。中小企業銀行の韓(ハン)専務が日本の借款で、ベンチャー企業向けに低利で融資すると言うんだよ。崔(チョイ)工場長に計画を作らせる。五割は抜ける。もっとも崔に、口留め料として4WDを一台買ってやるつもりだ。将来何かあれば彼は役に立つ」

これらは、日本側には内密に、前社長没後、後任社長が決まるまでの空白を利用して直ちに実行された。李は、共立商事の輸出が低迷し始めたため京橋の事務所を畳み、それまで日本に滞在する際に使用していた三LDKの賃貸マンションに事務所を移し、引き続き小田良恵を一人事務員として雇っていた。

韓国に戻って出社した李は、妻に「今度の社長はなかなか手強いぞ。生意気にも、経理をガラス張りにしろと要求するのだ。しかも、貸付金の返済計画を出せだの、伊藤名義の預金通帳を引き渡せと言うのだ。金はお前に渡して一銭も残っていない」とこぼした。

「日本からの仕入れ代金の送金に回したと言えばいいじゃないの。ほっとけばいいのよ」

「それから、樹脂製造設備については、計画書を持って来れば検討するというんだ」

「あなたが、社長でしょう。ドンドンやればいいのよ」