だんごで勝負

『いち福』を立ち上げた当初は、好寿司の常連のお客様、近所の方々に来店していただき忙しい日々を過ごしていたのだが、次第に客足が遠のいているのを肌で感じていた。

「昨日買っただんごが硬いんだけど」

お客様からのクレームの電話に母が説明する。

「うちのだんごは次の日には硬くなっちゃうんです」

「でも、こないだスーパーで買っただんごはちゃんと柔らかかったわよ、お宅のは食べられたもんじゃなかった」

電話越しにも伝わる剣幕に母は対応を続けた。

「説明不足で大変申しわけございませんでした。『いち福』のだんごはお米からつくっておりまして、保存料も添加物も入れないでつくるので時間が経つとどんどん硬くなってしまうんです」

父がだんごをつくり始めた当初から気になっていた課題が現実として突きつけられていた。(『いち福』のだんごは当日中に早めに食べないと硬くなる……)

覚悟を決めたように目をつぶり、自分の心の奥底を覗きこむような表情で話した。

「変えないぞ。うちのだんごを安心安全に食べてもらうには何も加えない。つくり方は変えない。日持ちしないからたくさん買っていただけないのならそれでいい。その日に食べていただけるおいしい一本だけ買ってもらえたら……それでいい!」

それから父のだんごづくりは一本のおいしいだんごにこだわり、毎朝の気温や湿度に合わせて米の蒸す時間を変えたり、米に吸わせる水分量を調節したりと日々変わる気候のなかで毎日変わらないだんごをつくることに精神を集中させていた。

「いらっしゃいませ、ご注文どうぞ」

「あんこ2本とそれからしょうゆとごまは1本ずつ……それと……ずんだも2本ください」

「ありがとうございます。だんご6本ですね。ただいまあんこ付けますのでもう少々お待ちください」

お客様のご注文をいただいた後で餡を付ける作業は今でも変わらない、『いち福』の串だんごの特徴だ。米からつくるだんごは餡を付けた瞬間から、餡の糖分が生地の水分を吸い上げて、徐々に硬くなっていく。

餡を付けた状態でつくり置きしていると、お客様のタイミングによっては硬いだんごを提供してしまうことになる。手間がかかってもつくり置きはしない。これもおいしいだんごを食べてもらうためにやっている『いち福』のこだわりだ。

注文をいただいた母は、ショーケース越しにお客様の前で串だんごの生地にあんこを塗った。

「へぇ、そうやってあんこ付けるんだ、たっぷりでおいしそう」

瞬間お客様の嬉しそうな声が聞こえる

「そう、うちのはあんこたっぷり付けるからおいしいよ」

お客様の笑顔をもらうたび母の手はさらに多くのあんこを付けていく。

「はい、だんご6本お待ちどおさまです」

母があんこを付けた6本入りのだんごのパックは、見た目以上の重量で受け取ったお客様は自然と驚く表情を見せていた。

「ずっしり……重たい」

「なんだかたっぷり付けるとお客さんが喜んでくれるから。こっちも嬉しくて」