お前さんの姪の智子は、男と金沢に浮気の旅行をしていた途中で交通事故に遭ったんだぜ。
お前らの一族は女が浮気をすることを奨励しているのかよ、馬鹿野郎……と達郎は、ニコニコとほほ笑みを絶やさずビールをつぎながらも、腹の底ではそうつぶやいていた。
それにしても、智子が死んでからもう四十九日が経った。このくらいの時間が経過すると、人々から故人の死亡の直後の悲しみが薄らぎ、だんだん冷静で、辛辣な意見を言えるようになってくるのだ。四十九日とは実に巧妙に計算し尽くされた“間”であると、達郎は感じた。
智子が死んだ当初は、その死は誰もが寝耳に水であり、遺族に対しても優しいいたわりがあったが、それらは時間の経過とともに徐々に消え去り、挙げ句の果てには、亭主に対する非難の声まで上がってきた。
ああ、世間というのはこういうものなのかな……人が死んだって、家族を除けば、親戚や知人の生活にはほとんど影響はないのだから……所詮、他人ごとだ。
そんな風に考えながら、達郎はビールをつぎ回っていた。一通り挨拶を兼ねてつぎに回るのが礼儀と思ったからだ。
智子側の親戚のテーブルの末席にいた義母の妹という老人が、ビールは飲めないと言うので、烏龍茶を頼んだ。
ところが、ちょうどてんぷらを運んでいる最中であったウエイトレスが、なかなか烏龍茶を持って来なかった。しびれを切らした達郎は、自分で取りに行こうと席を立った。宴会場の廊下は鰻の寝床のように細長くなっていた。
途中左を曲がるとトイレだった。達郎は立ったついでに用をたそうと左に曲がった。トイレは突き当たって左側が男性、右側が女性で、入り口の前に薄いつい立てが置かれていた。
達郎が、つい立てを通り抜けてトイレに入ろうとした瞬間、女性側のトイレから出てきた女の声がした。
「智ちゃん、だいぶ惚れてたみたいよ……買物をするのも店長がいるデパートばかりだって、いつも言ってたもの……」
達郎は立ち止まり、声のする方を目で追った。すると、二人連れの後ろ姿が見えた。一人は智子の友人である伊藤千絵だった。
『だいぶ惚れてた』『店長がいるデパート』、達郎は、大きなヒントをもらった気がした。
智子が惚れていた男は、どこかのデパートのどこかの店の店長をしているのに違いないと思った。