事故に遭った妻は…
日曜日の夜に大阪のマンションに戻り、翌日の月曜日から、いつものように出勤した。
達郎は、部下を伴って昼食に出た。途中の大阪駅前第二ビルと第三ビルの間で、交通事故があった。ちょうど、救急車が来て、けが人が運ばれるところだった。
智子もあのようにして、運ばれたのだろうか……ついつい達郎は、智子が運ばれる場面を想像した。
その救急車には、付き添いの者がいっしょに乗り込んだ。
そうだ、智子が運ばれた時、誰か同乗者はいなかったのだろうか……もし、いたら、そいつが同行者だ。
その週の土曜日、達郎は金沢に行った。
そして、駅から一番近くにある金沢東南消防署に入って、智子を搬送した救急隊員が誰なのか尋ねた。すると、応対に出た所員が色々と調べてくれた結果、当日救急車が出たのは、東南署ではなく、もう一キロ先の南西署だった。それは、交通事故の発生現場が東南署よりも南西署の方が近かったからだ。
達郎は、親切に教えてくれた東南署の署員の書いてくれた地図を頼りに、南西署に向かった。途中、地図に印が付けられていた事故の発生現場を通った。近所の人でも置いたのか、菊と百合の花が備えられていた。
達郎は、思わず立ち止まった。そして、頭を下げ、合掌した。
南西署はその事故現場から三分とかからない所にあった。東南署から連絡でも入っていたのだろうか、応対に出た二人の署員が、事故当時智子を搬送した人たちだった。
「それで、何か」
だいぶ年配の署員が達郎の質問を促した。
「実は、当日家内が運ばれる時に、誰かいっしょに救急車に付き添って、乗り込んだ者はいませんでしたでしょうか」
年配の署員は、もう一人のからだの大きい方の署員と顔を見合わせて、
「いいえ、誰もいませんでしたよ」
と確信を持って答えた。
「そうですか……」
やはり、智子は一人だったのだろうか……。達郎は、落胆した。わざわざ金沢まで来たというのに、智子の同行者が判明しなかった。
すると、達郎の落胆ぶりを見て、励まそうとでも思ったのか、それまで黙っていたからだの大きい方の署員が口を開いた。
「だけど、だんなさん、ずいぶん愛されていたんですねえ……シンノスケさん、シンノスケさんって、譫言(うわごと)で何度も何度も呼んでいましたよ……」
それを聞いた達郎は、頭からハンマーで思いっきり叩かれたような気がした。
もしかしたら、とは思っていたが、やはり智子には男がいたようだ……あんなにおとなしそうで、虫も殺さないような顔をしていた智子が、俺をだましていたなんて……俺が単身赴任を利用して、若い女と浮気をしようと企んでいたのに、女房に先を越されていた……それでは、本当は、俺の単身赴任を一番喜んでいたのは、智子だったのかもしれない……
智子の浮気、達郎は全くそれに気が付かなかった自分が情けなく、やるせなく、哀しかった。
しばし、達郎は沈黙した。署員は達郎が哀しんでいるのではないかと気づかった。
「お気持ち、お察し申し上げます」
二人の署員は、改めて頭を下げた。
気をとり直した達郎は、
「それから、何か、他のことを言っていませんでしたか」
と尋ねた。シンノスケだけでは、どこの誰なのかわからない。
二人は顔を見合わせた。そして、互いに考え込んでしまった。