プロローグ
韓国ディック・ペイント株式会社は、平成バブルが始まって間もない昭和六十二年(一九八七年)、資本金一〇億ウォン、韓国側李正真 五一%、日本側ディック・ペイント株式会社 四九%の比率で設立されたが、その後韓国側は増資に応じなかったため、現在資本金五〇億ウォンで、韓国側の持ち株比率は、約一〇%になっていた。
なお、ディック・ケミカル株式会社を、通称「ディック」略称「DK」と呼び、ディック・ペイント株式会社を「DP」、韓国ディック・ペイント株式会社を「KDP」と略称で呼んでいる。
李社長が、「皆さん、こんにちは。日頃KDPに対しご支援をいただき感謝しております。本日は、日本側の申し入れにより、十一月六日開催予定の理事会の議案について協議いたしたいと存じます。最初に佐藤社長からご挨拶をお願いします」
「皆さん、お忙しいところご参集いただき有難う存じます。本日はKDPの今後の経営について提案をさせていただきたいと存じます」と穏やかな口調で話し始めた。
「当社は厳しい経営環境にあり、海外事業について現在見直しを進めています。先般当社保証で二億ウォンをF銀行ソウル支店から借り入れたいとのご要望がありました。
しかし、率直に申し上げますが、当社は、KDPにこれ以上資金援助を継続出来る状況にはございません。
塗料用原料の樹脂製造設備については、予め目論見書を出していただき、理事会の承認を得て発注する約束であったにもかかわらず、日本側の了解も、理事会の承認もなく独断で発注されたのは、経営上許されないことです。
韓国H化学にいた技術者を雇用し、類似品を生産し、建材分野に進出する計画と聞いていますが、小口ユーザーならともかく大口ユーザーを相手にすれば、競争激化と、技術の盗用問題などを引き起こす懸念もあり、その上、設備の導入で運転資金が枯渇する恐れもあります。
KDPは今累損三〇億ウォンを抱えており、また、李社長の日本法人である共立商事に一億五千万円の当社貸付金が十年余り返済されないままになっており、これらの問題を根本的に解決しなければなりません。
また、ご承知のように、KDPに対する貴殿の持ち株比率は、現在約一〇%となっており、もはや合弁会社と言える体制にはありません。
したがって、このような状況の下で、大変言いにくいことを申し上げなければなりませんが、李社長にはご勇退をお願いしたいと存じます。
新経営陣は、会長佐藤、社長は、現在KDPの副社長である高梨、権美子副社長には引き続き理事として、また新たにDPの営業課長塩谷を理事にお願いし、特に奥様には、理事として残っていただき今後ともご協力をお願いしたいと存じます。
また、監事は、ディック・グループの韓国ディック・ケミカル株式会社の徐(スウ)理事と、当社鴻池経理課長にお願いし、退任する役員は、李代表理事のほか、伊藤理事、李監事となります」と一気に話した。
李社長と、権副社長の二人は、顔を紅潮させ、鋭い眼差しを日本側の面々に向けていた。
李が何か言おうとした矢先、韓国との合弁会社を当初から推進し、責任者でもあった伊藤が口を挟んだ。
「李さん、KDPは、設立して十年を越えましたが、依然として赤字経営で、資本金の五〇%を超える累損を抱えており、私はこの責任を取って、来年六月、DPの監査役を退任します。李さんももうお歳ですから退任され、経営を日本側に譲っては如何ですか?」
伊藤は、二週間前にも出張し、李社長の退陣を促し了解は得られなかったものの、李社長もすでに七十七歳で、あくまでも円満に解決出来るものと楽観していた。