庄兵衛はあきらかにわたしを弄(もてあそ)んでいた。もしかしたら怪談の類いが好きな人種かもしれない。
「おなじことを多恵によく言われたよ。あいつは幽霊や怪談が大好物だったから、テレビで特番があるたびに画面にかじりついたっけ。それに感化されて、子供たちもオカルト好きでほとほと困ったもんだ」
「母親の影響は絶大ですね」
「まったくだよ。あいつらは本当にわたしの子なのか」
思わず苦笑いをこぼした。けして幽霊が怖いとか、庄兵衛が実は幽霊なのではないかとか、そんなことを考えたわけではない。断じて違う。そこでわたしは、いつぞやの多恵の言葉を思い出していた。
「ねえ。人が天国か地獄に逝くときって、どんな姿だと思う」
妻は箱入り娘で、良く言えば無垢(むく)、悪く言えば世間知らずだった。新しいなにかを吸収するたびに悦に入り、わたしや智にすりよって自慢げに披露したものだ。それがいつだったか定かではない。
穏やかな昼下がり、居間のソファでゆっくり新聞を読み耽っていると、多恵がつぶらな瞳でやってきた。わたしの隣には智がいて新発売の漫画雑誌に夢中だったはずだ。
「ねえ、みんな聞いて。面白い話があるの」
妻の片手には、図書館のバーコードが貼られたうさんくさいスピリチュアルの本があった。これは間違いなく危険信号。
「すまん、忘れていた仕事が」
「さあて、そろそろ宿題しようかな」
わたしと智は危機を察知して、居間からの脱出を試みた。けれども多恵に先回りされて退路を塞がれる。こうなるとチェックメイト、興味がない蘊蓄(うんちく)を聞かされる羽目になった。
「ねえ。人が天国か地獄に逝くときの姿って、どんな姿だと思う」
「まったく分からんな」
「ごめん、母さん。どうだって構わないです」
こちとら毎日を乗り切るので精一杯、死後の世界の話はまた今度にしてくれ。糸が切れた操り人形のように微動だにしないわたしたちに、らんらんと眼を輝かせた多恵はページをめくりながら声高に告げる。
「人が魂の旅に出るとき、その魂がもっとも強い想いを宿す姿になるんですって」
わたしはひとり、思案の海へと沈んだ。