車のトランクは、また艶ちゃんからの贈り物の新米や梨、廣子ちゃんからの野菜でいっぱいだ。そして町外れでガソリンスタンドを営む宗ちゃんの家の前で心からのお礼を言って別れた。
まだ海のものとも山のものとも分からない私の絵の数点がこうして故郷の町の施設の壁に収まったことを幸せに思い、級友達の支援を有難く思う。
その後、宗ちゃんは元気だろうか?
かくれみのの画家、北沢知己
台風が近づいているせいか十月にしては蒸し暑い日だった。駅の売店で冷たいお茶を買い込んで、夫と駒場公園の文学館へ向かった。
東北沢から十分ほどの距離なのにじっとりと汗をかいた。文学館は鬱蒼とした林の中、旧前田侯爵邸の後ろにある。訪れる人も少ないらしく、ちょっとかび臭くがらんとしている。
入館料(三百円)を払って二階に上がった。今、ここで夫の友人の画家、北沢知己の挿絵の原画展が開かれている。いや友人だった、と言うべきか、何故なら彼は四年前、幽界に旅立ってしまったから。
そこには夏目漱石、志賀直哉、三島由紀夫、梶井基次郎等の自筆原稿や、画家が一番元気だった頃の挿絵が十枚展示されていた。これらは未亡人が寄贈したものである。
佐藤春夫の『田園の憂鬱』をはじめ、司馬遼太郎、池波正太郎、三島由紀夫等の小説の挿絵と、『文藝春秋』の表紙絵などである。(一九七七年~一九八一年)いずれも北沢特有の静かで緻密な絵で、じっと見ていると引き込まれそうな不思議な魅力を持っている。
北沢知己。本名は幸田侑三という。夫の小学校の同級生である。お互いに虚弱児童で仲が良かったという。
終戦後の混乱で、その後の進路は別になったそうだ。