紀行の一目惚れ
「……あなたのその目に、その美しい瞳に釘付けでした。一目惚れってやつです。大袈裟じゃなく、運命だって感じました。雑誌の表紙……二次元の中で微笑む女の子と、今、こうして話している。事前に調べあげて、四つ葉館、AFLCに入居したんじゃないんです。あの日、初対面のリアクションは、いかにも、って感じだったけど、いつもあなたの面影を探しながら生きてきたから、現実だと受け容れるのにタイムラグのような現象が起きてしまいました。……喋りすぎた。退屈、ですよね?」
「ううん、もっと聞かせて下さい」
「あっ、はい。ええと……何を話せばいいんだろう?」
「う~ん、例えば……わたしの目を見る前は、誰の瞳に恋したんですか?」
「パッと浮かぶのはアニメのヒロインです。特筆するのは心苦しいというか、気乗りしないというか……。あっ、あなた以上の存在は居ない、とは簡単に言えますが」
「そうなんですね。デビューしてしばらく経った頃、時々、眼鏡をかけて、グラビアを撮影していたことはご存知ですか?」
「もっ、もちろんです! 知性漂う、黒縁眼鏡。とても素敵でした。ぼくは友達が居なかったから誰かと喜びを分かち合うことはできませんでしたが、独占したいような、掲示板に書いて宣伝したいような、複雑な心境だったことを覚えています」
「GELATOの人気投票で少しずつ票が集まり出したのはあの頃からだったんです。編集部では【黒縁事変】って呼んでいたみたいで……」
「黒縁眼鏡が、あなたの魅力をさらに際立たせたのですね! プライベート・グラビアが成功したら、都会に拠点を移すんですか?」
「はい、最初はそのつもりでした。わたし自身が長となり、雑誌を牽引していこう! って。でも、もうしばらくはココを中心に据えるのも悪くないと思うんです。第1号の優美ちゃんを始め、自分の可愛さ、美しさをもっと磨きたい! 磨いた結果、自分にもっと自信が生まれ、周囲にも愛される。そんな素敵な循環を多くの女の子に……先ずは県内限定で感じて貰おうと考えています」
数日後、升水優美は、自宅に届けられた残り70部のポスターにも、直筆のサインを施し四つ葉館に馳せ参じたが、巡波の予想は大きく外れ、第2号、第3号が列をなして撮影を待ち望んでいるという流れには、今の所ならなかった。
星巡波、藤崎真由美、升水優美……グラビア・アイドルが例え3人しか居なくても、雑誌を眺める読者が飽きない仕様にするにはどうしたらいいか?
GELATOの熱烈読者、兼カメラマンの原田紀行の意見も採り入れながら進めていけば、何かしらの活路を見出せるかもしれない。所属タレント事務所に無理を言ってまで始めたかったこの企画、巡波的には簡単に頓挫させるわけにはいかなかった。暗雲が漂う中、キラリ! 異彩を放つ超新星が。
「相川れの」との出会いまで、いくばくもなく時は流れる。
潤いを讃えた、ふくよかな果実に……
見惚れた。そのふくよかな唇に。まるで、潤いを讃えた果実のようだ。原田紀行は、四つ葉館に訪れた「相川れの」の唇を初めて見たときの感想を後にそう語っている。
絶対零度の美少女。いかにもな超新星の登場に鳴り物入りの升水優美の存在が一気に霞む。「れの」はどんな性格で、どんな声で話すのだろう?
その場に居合わせた彼が固唾を飲んでそのときを待つ。絶対零度、その真意はいかに?
「初めまして。私、相川れのっていいます。ポスター見て、訪ねてみたんですけど……」
「あ、ああ。ようこそ、四つ葉館へ。どうぞ、ソファにお掛けになってお待ちを」
「はぁい、ありがとーございます」