2
「パソコン、できますか?」
瑞穂が事務所で勉強していたときに、川越が突然に訊いてきた。
「いえ、できないです」
「パソコンは持っていますか?」
「持ってないです」
「もしよかったら、高校生になったら、ここでアルバイトをしながらパソコンを学んでもらえませんか。パソコンはこちらで用意します。私、苦手でして」
瑞穂が答えずにいると、川越は続けて、
「これからは何をするにもパソコンができた方がいいですから」
と言って微笑んだ。
初対面でこれを言われていたら、怪しい勧誘だと思ってもう来なかったに違いなかった。
中学生の瑞穂もパソコンができた方がいいことは理解していた。
第一志望ではなかったが、高校に進学した。
川越に言われたとおり、その事務所でアルバイトをすることになり、夏休みの期間中にパソコン教室に通わされることになった。
しかし、アルバイトの仕事は、『アフターメッセージ』のチラシのポスティングと買い出しがほとんどで、パソコンを使うことはなかった。
文房具の買い出しを頼まれたときは、自宅近くの、あの万引きをさせられた店で買うことにしていた。罪滅ぼしのつもりだった。
――あのときのことを謝りたい――
ずっと思っていたが、その前に閉店してしまった。
高校を卒業するまでアルバイトが続いたのは、他のアルバイトよりも時給は低かったが、事務所には二人しかいないので、人間関係で悩むことがないことが大きかった。
3
高校を卒業してから三日後、事務所でチラシの印刷をしていると、
「このままここに就職しませんか」
と川越が後ろから話しかけてきた。
瑞穂の返事を待つことなく、川越は続けた。
「知ってのとおり、保管しているDVDを『そのとき』が来たときに届けなければならないのですが、『そのとき』がいつになるか分からないですし、かなり先になる案件もあります。しかし、私もいつまでもできないですし、私自身が事故に遭う可能性もあるのですから、どなたか引き継いでくれる方、とくに若い方が必要なのです」
瑞穂は作業していた手を止めず、背中で聴いていた。
「もちろん、せっかく合格した大学に進学しないで就職してもらうという意味ではなく、大学に通学中はこれまでどおりにアルバイトを続けてもらって、卒業までに検討しておいてくださいという意味です」
瑞穂は、男の方を向くことなく、
「分かりました。考えておきます」
とだけ答えた。
そのことは「選択肢の一つ」として、瑞穂も考えていたことだった。
第四章 エピローグ
午後に『アフターメッセージ』を届ける予定が一件あった。
一週間ほど前に、メッセージの相手となっている依頼者の娘から電話で「そのとき」の連絡を受けた。
鞄に入れる前に、再度、封筒の中を確認した。
この依頼者のことはよく覚えていた。
依頼者自身も『アフターメッセージ』を受け取っていた方だった。
メッセージを受け取った方から、今度はその方にとっての「大切な人」に向けたメッセージの作成を依頼されることは珍しいことではなかった。
しかし、この依頼者の場合、
「私からのものといっしょに、夫からのものも渡してほしい」
と、DVDを持ってきたのだ。
このようなことは初めてだった。
常磐瑞穂は、表札を確認した。
――長瀬――
長瀬若葉の家に間違いないと思った。
チャイムを鳴らす前に、DVDが二枚入っていることをもう一度確認した。