リハビリ室には貸し出し用の杖があったので、初回はその杖を借りた。麻痺していない左手で杖を突き、一歩ずつ確実に歩いていく。療法士が側についてくださっているので、安心して歩くことができた。ただ、亀の歩みのように、じわりじわりと歩くことしかできなかった。
初日の歩行練習が終わった時に、
『リハビリ室の杖を借りるのもいいけど、自分の杖がほしいな……いや、買おう!』
と思った。そこで、療法士に、
「杖って、買うことできますか?」
と、聞いてみた。
「はい、院内に介護用品店があるので購入できますよ」
「私、自分の杖がほしいなと思うんですけど、買うのは早いですかね?」
「いや、そんなことないですよ。夕方、一緒に見に行きましょうか」
「はい、お願いします。私、道具から入るタイプなんですよ(笑)」
その日の夕方、杖を買いに行った。驚くほど、デザインも色も様々な杖がある。私は、
「こんな杖じゃないと駄目とかありますか?」
と尋ねた。
「いえ、そんなことはないです。T杖なら大丈夫です」
と言ってくださったので、サンプル商品を遠目に見ていると、ビビッとくる杖を見つけた。鮮やかな水色のメタリックカラーで、フォルムはまるでスキーのストックみたいな……一目惚れだった。
「これにします!」
と私が言うと、療法士が、
「花柄とかの杖もありますよ。宮武さんが選んだモデルもピンクとかもありますが」
と言われた。恐らく私が女なので、気を遣ってくださったようである。
「いえ、この水色の杖がいいです。スキーのストックみたいで格好いいし、リハビリのテンションあがります!」と答えた。
「色は、水色でいいですか?」と、再度確認してくださったので、
「私、水色とか青系の色が好きなんですよ」と話すと、
「そうなんですね、分かりました」と言われた。
私は、一目惚れした水色のメタリックカラーの杖を購入し、満足して店を後にした。
行きは自分で車椅子を颯爽と運転していたが、帰りはできなかった。なぜなら、店までの廊下は緩やかではあるが下り傾斜、帰りの傾斜は上りだったからだ。少し車椅子を動かした後、緩やかな傾斜を上がれず、
「すみません、帰りは無理でした。お願いします」
と謝りながら、療法士に車椅子を押していただいた。
病室に戻り、購入した杖を見てニヤニヤしてしまった。他の患者さんから、
「あら、素敵なかっこいい杖を買ったのね」
と声を掛けられ、嬉しかった。
不思議なことだが、私が杖を購入後、そのモデルの杖の売り上げが急に伸びたそうだ。そういえば、リハビリ室で同じ杖を持っている方が増えてはいた。頼もしく格好いい相棒もでき、足のリハビリは一層やる気が出てきた。
言語のリハビリは3週間で終了した。
言語に関しては、特に作戦を立てた訳ではなかった。言語のリハビリでは、感覚が麻痺している右側の顔をアイシングし、筋肉のストレッチをしていただき、その後、発声練習をする毎日だった。発音しづらい言葉や長文を、療法士の後に続けて声に出すという感じだ。
小・中学校時代、放送に関わる活動を少しした経験から、声を出す言語のリハビリは非常に楽しく取り組めた。もちろん、倒れる前より話しづらさはあったが、私がある程度話せたこと、そして食事もだんだん普通食を心配なく食べられるようになり、無事に言語のリハビリ卒業となった。食事の時も、療法士が、私がしっかり噛んで食べているか、様子を見てくださりありがたかった。ということで、言語の20分のリハビリは、足のリハビリの時間に追加された。