よかった、思った通りだ。ぼくはその教科書を胸の前に抱える。そしてロッカーに貼られた名前を最終確認する。

『木之下敬』

ぼくは敬ちゃんが教科書を学校に置いて帰ることも、名前を書いていないことも知っていた。だってぼくは、敬ちゃんと親友だから。

よし、任務完了。ぼくは魔王を倒した勇者みたいに晴れ晴れとしていた。なぜだろう。すこしも心は痛まなかった。まるでそうすることが決まっていたみたいに、泥がこびりついている筆箱から油性ペンを取り出してキャップを抜いた。

次の日、敬ちゃんはべそをかきながら、担任の先生にこっぴどく怒られていた。

「ぐす、ロッカーに入れて帰ったんです」

「言いわけするな。置きっぱなしにするのが悪いんだろう」

先生は唾を飛ばしながら、立ち尽くす敬ちゃんを怒鳴りつけて拳骨(げんこつ)した。敬ちゃんの表情はザリガニみたいに真っ赤になった。

みなが敬ちゃんを指差してくすくす笑った。ぼくは国語の教科書に隠れながら、こっそりべろを出して笑った。

その一件からというもの、ぼくは敬ちゃんとあまり遊ばなくなった。小学四年生で別々のクラスになったのをきっかけに完全に疎遠になった。敬ちゃんはやがて私立の中学校に進んだ。

そのあと敬ちゃんがどうなったか、ぼくは知らない。