雨に唄えば

「ブロードウェイ・バレエ」自体は物語の展開とは無関係で、ここに存在する必然性は全くない。

ミュージカル・シーンを見せる目的でストーリーに無理矢理ねじ込まれたナンバーである。そういう意味ではストーリーの流れを阻害しているともいえる。

しかし、夢を抱いてブロードウェイにやって来た芸人の栄光と悲哀がダンスを通して良く描かれている。シド・シャリースとの二つのダンスも素晴らしい。

その結果、「サマー・ストック」のところで述べたように、観客から「許される」ナンバーとなった。ストーリーとは直接関連はないが、総合的に考えれば作品のステータスを押し上げる働きをした。

以上、概観してきたように、『雨に唄えば』では優れたナンバーが揃い、そのほとんどが楽しいストーリーの流れに沿って自然に挿入され、さらにそれらがストーリーを発展させ盛り上げていくという良循環が生まれた。

ミュージカル・シーンの水準、物語の流れ、ナンバーとストーリーの関係、配役のどれをとっても良質で、バランスが取れた作品となった。

当時の技術の限界の中で、ジーンが考えてきた映画でミュージカルを表現するための方法を、自然な形で実現することができた。これが今日においても「雨に唄えば」が最高のミュージカル映画と評される理由ではないか。

一九五三年六月二日、イギリスに滞在していたジーン一家は大手タレント事務所MCAのジュールズ・スタインから朝食に招かれていた。当日はエリザベス女王の戴冠式で、バルコニーから行列を眺める予定になっていたのだ。

混雑を避けるため早起きをして出かけた彼らだったが、沿道は徹夜で集まった人たちでぎっしり埋まり、先へ進めそうもなかった。肌寒く、今にも降り出しそうな天気だった。

「……コートの襟を立てると、ベッツィと(娘の)ケリーにレインコートを着せて、数ブロック離れたMCAビルへ行くにはどうしたらいいか考え始めたんだ。急にラウドスピーカーからインフォメーション係の男の声が聞こえた。"みなさん、雨に唄えばのジーン・ケリーになったつもりで"と言うと、僕のレコードがかかった。

数秒後、冷たい雨に濡れて震えている数千もの素敵な英国の人たちが歌い始めたんだ。人生でこんなに感激したことはなかったね。これまで経験したなかで最高の出来事だった。パル・ジョーイの公演初日、アカデミー賞受賞とか……何でも言ってみてよ。人生でただ一度きりの体験だった。もし今後これくらいのことを達成できないとしたら――そういう風に物事が進んで行きそうに見えたけど――今までの人生を褒めてやってもいいかなと思ったんだ。……(50)」