「やるならデイトレードですよね。資金効率がいいし」
思わずつぶやいた僕をMさんがからかう。
「デイトレするってゆうても、お前も貯金ないやろ。ここでもドリンクバー飲んでるとこしか見たことないでぇ」
確かに、そうだ。返す言葉がない。
デイトレードはギャンブル性が高いと思われているかもしれないが、ポジションを持つ(株を買って保有する)時間が短く、細かく売買することが基本なので、大負けするリスクが低いのだ。
ちなみに中長期の取引だと市場が閉じている間もずっとポジションを持っておくことになり、これが実はハイリスクなのだ。たとえば、アメリカの大統領の発言一つで、一夜のうちに株価が大暴落することもあるし、夜中に地震だって起きるかもしれない。そうなると市場が開いた途端、売り一色になって大損してしまう。
だから専業の個人投資家としてやっていくならデイトレードだが、この当時の規制では、個人投資家の信用取引(資金を担保に約3倍までの株式の取引ができる制度)は、取引可能額をいったん使い果たすと同日中にはもう取引はできなかった。
小遣い稼ぎならできるかもしれないけれど、今のままでは取引に使える資金が少なく、利益を積み重ねることが難しい。入社からまだ3年弱、リストラ寸前のヒラ社員が株取引に使う資産を蓄えるのは何年も先になる。
「でもMさん、先月、日経新聞に信用取引の規制緩和の動きがあるって出てたじゃないですか。もし一日に何度も回転取引ができれば資金が少なくても挑戦できますよ」
僕はずっと心に秘めていた記事のことを口にしてみた。
「おっ、山ちゃん、ホンマにやる気やな? そうやなあ、今や株式売買の過半数を占めるんは個人投資家やからな。国もリーマン・ショックからの株式市場の低迷をどうにかしたいんやろうな。内閣府令を今年前半に改正するって書いとったしなあ。でも政府のやることは遅いから、いつになるんやろな」
この話を聞いていたIさんが真顔で僕の方に向き直った。
「お前、ホントに脱サラなんか考えてんの? やめといたほうがいい、ディーリング部では大した成績残してないじゃないか。うちで営業成績トップなんだから、お前なら営業でやっていけるよ」
「でも僕、嫌なんですよね、会社に言われるまま投資信託売りつけるのって」
僕の言葉を聞いてMさんが笑う。
「お前、青いなあ。でもあれだけ課長にネチネチ嫌味言われながら、営業ナンバーワンになったんやから、根性あるで。自分のやりたいことを貫きたい、か。お前やったらできるかもしれへんな」
「でも」と、Iさんがまた口を挟む。
「個人投資家とかデイトレーダーとかカッコイイ名前で呼ばれてるけど、社会的にはニート、社会的信用ゼロだよ。クレジットカードも作れないし、家も借りられないかも。そんな不安定な身になったら、彼女にも逃げられるかも。それに……」
Iさんは、少し間をおいて続けた。
「お前、本店営業部に異動になるっていう噂があるぞ」
「お、そら栄転や! 俺たちI証券チームのヒーローやな!」
Mさんが茶化してくるが、僕の耳には入ってこなかった。
本店営業部に異動!? ……最悪だ!!