このままでいいのか

2011年1月。年末までは暖冬だったのに年明け早々寒波がやってきた。先週の雪がまだ歩道の片隅に残っているのに朝から雪がちらついている。雪を避けて天六の商店街のアーケードの中を通って、自転車を飛ばす。今日も朝から勉強会、そして外回りだ。

「こんな日も外回りって、どうすりゃいいんだよ」

野江内代駅の改札を出て、空を見上げた時には雪はさらに激しくなっていた。商品の説明資料を詰め込んだ重いカバンを抱え、踏み固められた雪で滑らないように歩き始める。

投資戦略室に配属された当初は、とにかくこの地獄のようなイジメから逃れたくて必死だった。今は自分を可愛がってくれるお客様も増えて、営業成績を上げているから以前ほど酷いイジメはない。

でも営業成績を保つためにはお客様のことを考えてばかりもいられない。投資信託が値上がりして、このまま持っておいた方が得だろうと思っても証券会社は売り買いの手数料で稼いでいるのだから、今度は売らせなければならない。

「よかった! 上がりましたね、今がチャンスです、売りましょう!」

こんなことばかりやってていいのかな。

自分が生き抜くためにはこうするしかない、と思いながらも心は重い。まるで今日の空みたいだ。真っ白な雪が落ちてはくるけれど、その雪の向こう側にあるのは淀んだ灰色の雲。分厚い雲が空を覆い尽くしている。果てしなく、どこまでも……。

物思いにふけりつつ歩いていると携帯メールの着信が鳴った。同じ投資戦略室のメンバーからだ。I証券から投資戦略室に移った仲間たちとは携帯のグループメールで、僕たちの尾行者が今どこにいるかなどの情報を交換し合っていた。

「今日はさすがに課長たちもいないみたいだし、ファミレスで休憩しよう」

天候の悪い日は担当地区が近いメンバー同士、情報交換しながら尾行をまいて、ファミレスなどに集まった。僕がガストに着いたときにはもう他の2人はくつろいで座っていた。

「お疲れ様です! いやあ、寒いですねー」

そう言いながら僕もコートを脱いで座った。

「こんな日にコートを脱いで傘たたんで、訪問なんか誰ができんねん。家に入れてもろても雪まみれで逆に迷惑ちゃうか」

「単なるイジメだよなあ、この寒さは40歳超えるとこたえるな」

仲間と愚痴を言い合えるだけでも少しは気が晴れる。ディーリング部などからK証券に送り込まれたのは14人だが、半年たってすでに6人が退社していた。

「知ってるか? ディーリング部、さらに縮小されるらしい、小南さんもうちに来るって噂がある」

社内情報通のIさんの言葉に僕は驚いた。小南さんはディーリング部で僕の隣の席だった優秀なディーラーで、僕は取引についてもよくアドバイスしてもらっていた。

「コミちゃんが営業? そんなんすぐ辞めるやろ。資産かていっぱいあるやろうし。個人投資家になるんとちゃう? コミちゃんならやっていけるかもなあ」

こう言ったMさんは小南さんと年が近い。彼は続けて言った。

「個人投資家か。ええなあ。俺は貯金ないから無理や。子供もこれから進学やし」

ディーリング部出身の僕たちのフィールドはやはり株取引だ。会社に言われて商品を売るよりも、自分の目で市場の動きを見極めて、自分が正しいと思った判断を行動に移す方がやりがいがある。あの頃は合コンと飲み会に全力を注いでいたけれど、株取引自体は面白かった。