園長先生の手がしっかりとミナコの手をつかみました。その手につかまってミナコは無事みんなのいるところにはいあがることができました。そのころには、ミナコのお母さんは車と共に沈みそうになっていました。園長先生は必死でお母さんも助けようと、手を伸ばしました。半分水の中に沈みながらお母さんは叫びました。
「先生、私のことはかまわないでください。ミナコを、ミナコをどうか、宜しくお願いします」
しかし、園長先生は決してあきらめませんでした。更に危険をおかして屋根のふちに身を乗り出し、必死でミナコのお母さんも助けようとしました。先生の伸ばした手がやっとミナコのお母さんの洋服のはしをつかむことができ、もう一方の手がミナコのお母さんの手をつかみました。渾身の力をこめて園長先生は、水にぬれて重くなったミナコのお母さんを助けあげました。
雪はやみましたが、すぐに日が落ち、まっ暗になりました。暗い闇の中で毛布にくるまって震えていた三月十一日の、あの寒い夜のことは、みんな決して忘れることができません。
窓からは例えようもなく美しい星空が見えました。卒園式の日、みんな泣きました。一番大きな声で、そしていつまでも泣いていたのは園長先生でした。
ジンはその声を聞いたとき、またライオンが吠えていると思いました。
できれば、先生のそばに駆け寄って抱き合って一緒に泣きたいと思いました。けれど、そうしませんでした。ただ、その場に立ったままこどものライオンのように肩を震わせて、泣いていました。
あの震災の日から七年がたちました。ジンもミナコも中学生になりました。最初にあった桜の木はどれも津波の後枯れてしまいましたが、その後みんなで植えた桜の若木は毎年大きくなり美しい花を咲かせています。
園長先生は、今は誰とも話しません。言葉を失ってしまったのです。みんなを必死で守ったあの日、力尽きてしまったのかもしれません。日のあたる園庭のベンチにすわって、ただにこにことうれしそうに元気に遊ぶこどもたちをみています。
タンポポやスミレを摘んではこどもたちのテーブルに飾るのを楽しみにしています。そして何かを思い出すのでしょう、そっとひとり泣いていることもあります。