はじめに

私は大学を卒業して最初に就職した会社を離職後、厳しい船上でのアフリカ勤務を含め七年間で二十余件の会社を離職しています。数多い転職、そして突飛なアフリカでの仕事もあってか、多くの方から転職の理由をよく尋ねられます。組織や属集団との関係が苦手であることから、私は「組織との相性が悪かった」と答えるほかありませんでした。

最初の離職後、東京・新宿で週刊誌等にもよく出ていた女性占い師に手相を見てもらう機会があり、「これから私の適職、私の生き方は?」と尋ねてみると、占い師は「強運のますかけ線とますかけ線から太い頭脳線が走っている。この相は予知力があり、何の職業に向いているかはわからないが、強いて言うなら芸術家だ」と占ってくれました。

芸術家と言われても音楽や絵画に縁も才もない私、占いを気に留めることもなく、そのまま転職を繰り返し、最後はセールス以外、仕事がない状況に追い込まれていました。「人は何のために生きているのだろうか?」と日々問いただす毎日でしたが、その時に掴んだものが「客が好むもの、時代に合う商品は必ず売れる」というフレーズでした。

客の好みに合わず、時代に合わない商品は売り手がどんなに努力をしようが、たかが知れたものです。三十歳目前に追い込まれていた私は、「時代に合う職業、自分に合う職業の選択以外にない」という心境になっていました。

昭和四十年代後半の日本は、高度成長期の真っ最中の土地本位制の社会でした。政治では田中角栄の提唱する日本列島改造ブームが日本中を席巻しており、経済では、銀行は優れた技術を持つ企業でも融資に不動産担保を要求する時代です。

当時の社会現象は、東京一極集中でなく、全国で限り無く鉄道や道路、港湾開発等のインフラ整備が実施されており、加えて国民はマイホームに強い憧れを持っていました。政治や経済が祭りの喧噪のような状況の中、全国各地で不動産価格が高騰する状況になっていました。

しかし、日本には不動産価格の査定に統一性がなく、その分、不動産鑑定の必要が強く要請される時代にもなっていました。高騰する不動産価格に翻弄される日本社会、私は躊躇することなく不動産鑑定士になることを決め、十倍前後あった競争率を突破して運よく合格を果たすことができました。

「時代に合う職業、自分に合う職業」のフレーズ通り、不動産鑑定士になった私。生まれ故郷の山口県に帰ったその後は、充実したやりがいのある三十五年間を送ることができました。

故郷・山口で、不動産鑑定士業を開業した私に大きな力が作用したかのように、国を始め県や市町村から委員の委嘱が相次ぎ、複数の銀行や会社から顧問鑑定士も依頼され、また社員に恵まれ、不動産鑑定士三名、一級建築士二名を擁し、売上高は最初の頃を除けば大半の年で県内トップの成績を上げることができました。

しかし、やりがいのあった不動産鑑定士業でしたが、残念ながらいまの日本、不動産の時代は終わりになっています。私の歩みを三段跳びで例えると、離職していた七年間は「ホップ」の助走期間、鑑定士になった三十五年間はスイッチが入った「ステップ」、そして鑑定士を辞めたこれからはジャンプならぬ「人生の本番」と位置づけ、今後は占い師の言った「予知力」を生かし人の役に立つべく本の出版やコンサルタント業に励んでみたいと考えています。

幸い本は年一回のペースで出版することができ、今回のタイトルは「特性を活かして生きる」とし、時代の捉え方と対処の仕方をテーマに本を書き上げてみました。私が掴んだ「時代に合う職業、自分に合う職業」のフレーズと不動産鑑定士はピタリと合ったことから、自分でも信じられぬ不思議な力が作用し、楽しく充実した時期を過すことが出来ました。

しかし、同じ時代がいつまでも続くことはあり得ず、社会は常に変化し、次の時代となるものです。時代に合うと思っていた職業が、いつの間にか無風で味気ない職業になる。時代の経過と職業の乖離現象は私だけに作用するものでなく、誰にでも当てはまる法則です。時代と人間のミスマッチは、人間が生きる上で神が「如何に生きるか?」を与えた永遠のテーマとも言えます。

世の中が変われば新しい「時代」になる。人は社会と時代の相関関係を確と掴めば新しい時代への対応が可能になります。しかし、時代の変化を「察知」し、新しい時代を「予知」することは思いのほか厄介なものです。

江戸時代の日本。幕府は外国との交易を禁止して鎖国令を敷き、庶民の周囲にも身分制度の枠を設けていました。一方、庶民は庶民で、枠内で自分の人生をアレコレ思い煩うことなく、楽しんで人生を謳歌していました。

だが、周囲に枠を設ける江戸時代のような生き方はグローバルな現代社会には間尺が合わなくなるものです。私たちは作られた枠を外し、自由で自分に合った生き方を模索しなければ生きてゆけない時期になっています。

幸い、日本は新しい元号・令和の時代になりました。これを契機に時代と自分の関係を把握し、私たちは新しい時代と向き合い、時代を味方にして充実した人生を送る必要があります。

「生きるとは自分を活かすに尽きる」ことをテーマに当連載を書き上げています。読者の皆様が当連載を読み、生きる意味を掴み充実した人生を歩んでいただければ、私の望外の喜びとなります。