私は送迎バスを降りて、作業服で自分の部屋へ入ろうとする。

「ハーイお姉ちゃん、コンニチハ」

嫌がらせは一切して来なかった。とてもフレンドリーだったが私の部屋を訪ねてくることもなく、平和に過ごすことができた。朝七時に送迎バスが迎えに来て、アパートに帰ってくるのは夜二十二時過ぎだった。

近所にあるスーパーは夜二十時で閉まる。だから帰宅後、アパートから二十分歩いたところにあるコンビニでビールとつまみを買って、一人部屋で飲む。その繰り返しだった。

私はある日、一人で酒を飲んでいると急に弟の声が聞きたくなった。理由は覚えていない。

「姉ちゃん、俺、明日から生きて行くのがだるいよ」

「どうした?」

「女に振られた。姉ちゃんナイスタイミングで電話くれたよ。さっきさ、女に振られたんだよ。俺さ、女に惚れたことなんてなかったんだよ。女なんて皆一緒だとしか思ってなかったし、適当に遊べればそれで良かったんだけどさ、初めて真剣になったんだよ。携帯電話買ってやったり、通話料金も全部俺が払ってやったり、結構尽くしたんだよ。それなのにさ、前の男とよりを戻したんだよ。前の男が戻ってくるまでの繋ぎだったんだよ、俺は」

「女に惚れるなんて珍しいね。あんなに冷めていたのに。だって、こないだ電話した時はさ、何年前かな……。二人して凄く冷めていたよね。恋愛なんてただの遊びだって言ってたよね」

「そうだよ。恋愛なんてただの遊びだよ。女なんてさ、俺が何もしてないのに勝手に寄って来る。だから遊んでやるけど、それまでだよね。俺から誰かを好きになってどうのこうのってことはあまりないな。姉ちゃんもそうだろ? 俺ら何故か冷めてるんだよ。こないだまで一緒にいた人とは?」

「別れたよ。子供が欲しいって言われたから。子供を産む勇気のない私には幸せにしてあげられないと思ったから」

「俺はどうかなぁ、子供がいたら色んなことが楽しいと思うよ。キャンプをしたり。一人なんて楽しいことないよね」

「だけど、恋愛に冷めているんでしょ?」

「そうなんだよ。だけど今回の彼女に対しては違ったんだよ。俺は真剣だったよ。だけど俺は結局繋ぎだったのさ」

「お前ならすぐにいい人が現れるよ」

「あー、マジで明日から生きて行くのがだるいよ。この感情のまま朝起きて、いつもと同じような生活を送らなきゃいけないなんて、マジでだるいよ」

それから三年後、弟を振ったその女は自殺した。

理由は知らない。どういう形で命を絶ったのかも知らない。私からそういうことは聞かない。ただ、事実を知らされただけだ。

弟は葬儀には出席し、線香をあげて来たとのことである。その後私は何度か弟に電話をかけた。

「彼女できた?」

「いや、だけど普通に生きているよ」