日系企業のオーナー社長と、緊急会議で直接やり取りをした時のことです。

「それで、例の件はどうなった?」

「はい、あの件はスケジュール通り順調に進んでいて、もう間もなく、サンプルができあがってきます」

「何? スケジュール通りに進んでいるだと? 何で止めないんだ」

「え? 止めるんですか?」

「当たり前だろ! あんなもん、うまくいくわけがないだろう。それとも、成功するとでも思っているのか?!」

例の件とは、いくつか同時進行していたプロジェクトのひとつで、社長肝いりのプランでした。

しかし、指示を受けて、分析すればするほど、筋の悪いビジネスであることが判明し、ことあるごとに、その旨を報告したのですが、どうしても聞き入れてもらえません。

「何としても、成功する方法を考えろ!」という大号令のもと、皆で知恵を絞って、失敗した場合の処理方法まで準備しながら、ことを慎重に進めていました。

進捗状況に関しても、社長自ら頻繁に確認してくるので、都度報告することになります。順調に進んでいると聞くたびに満足されていたので、その日の会議で起きたことは、「青天の霹靂へきれき」としか言いようがありません。

「今すぐにやめるんだ! 今やめたら損失はいくらになる?」

コストを管理する役員から「約△億円です」との報告を受けると、

「よし、分かった。すぐに費用処理しろ。この件は、本日をもって終了とする!」

この時は、「驚き」とか「残念無念」といった感情よりも、むしろ「ほっとした」のが正直な感想です。間違いなく「失敗する」と分かっていながら、無理やり進めていたプロジェクトですから、関係者も皆同じ気持ちでした。

後日、この会議に同席していた幹部のひとりと話した際に、

「何であんな形で、突然やめることにしたんでしょうか?」

と聞いてみました。すると、その幹部は言いました。

「きっと、ギリギリのところで気づいたんだよ、失敗するってな。でも、自ら言い出したことが間違っていたなんて言えないだろ。だからああなったんだよ」

「なるほど、そういうことか」

オーナー社長としての立場と、本人の性格を考えると、自然にすっと入ってきたので、妙にすっきりした気分になったのを覚えています。

と同時に、「朝令暮改」という概念を通り越して、「朝礼朝改」の域であると確信しました。

なお、この経験は、後に外資系企業で仕事をすることになった時、大いに役立つことになります。