「心地、お前の負けだ。せこく生きるなよ。エリザベスさんも一票入れたようだし、思ったようにやれということだ」
「分かった、分かった、その通りだな。エリザベスさんの言葉で目が覚めたよ。磯原先生に伝えてくれ。私でよろしければ喜んでやらせていただきますと」
車はケンジントン・ロードからピカデリーに入った。トラファルガー広場はもう直ぐそこだ。宗像は六日ぶりに再びナショナル・ギャラリー美術資料部を訪問することになった。
しかし今回は心地、そしてエリザベスとも一緒だったから多少様子が違うのだが。例の長い廊下を通って応接室に入ると、既にモーニントン女史が来ていて皆を迎え入れた。心地は真っすぐ彼女のところに寄り、抱擁してキスを軽く交わした。
「そうか? そういうことだったのか? それは良い……。良いカップルだ」
「いやあ、エリザベスさん、こちらが美術資料部のメリー・モーニントンさん。メリー、こちらがロイドのエリザベス・ヴォーンさんだ」
「エリザベス・ヴォーンです。今回、心地さんには、ひとかたならぬお世話になりました。それに、モーニントンさんには大変ご面倒な協力を頂きまして感謝しております」
「メリー・モーニントンです。いえ、これも仕事ですから。それに私もフェラーラの絵に興味を持ったものですから」
「おい宗像、メリーはとても面白いものを持ってきたぞ。何だと思う?」
心地はもったいをつけた言い方をした。
「遠回しに言うな。いったい何を見つけたというのだ?」
宗像は多少イライラして尋ねた。
「まあ、まあ、まあ。フェラーラが一九六八年に、エジンバラ芸術祭特別賞を受賞した件は知っているよな。当時、その絵はエジンバラ市立美術館の買い上げとなったんだ。現在、美術館の館長はウィック氏といって、もういい年なのだが、どういうわけかいつも俺のことを引き立ててくれている。
若い頃、俺はロンドンに対する地方の美術界、特に地方美術館における学芸員の意欲的な姿勢について、実例を挙げて評価した論文を学会に発表したのだが、偶然取り上げたその素晴らしい活動をしていた一人がウィック氏だったというわけさ。フェラーラについて彼に話をしたら、面白いものを持っていることが分かってね、メリーに頼んで特別に借りてきてもらったんだ。さあ、メリー、お見せしよう」