大雪が降ったある日のことだ。雪を丸めて遊んでいたユダヤ系の子どもたち。私はその子どもたちに“Hi.”と声をかけてみた。しかし、何の反応もなかった。「まっ、いっか」。そのまま歩き続けると、雪のかたまりが右腕をかすめた。私は気のせいだろうと思い、さらに歩を進めていくと、今度は、明らかに誰かが私に向かって投げたであろう雪玉がまともに私の背中に当たったのである。振り返ると、後ろには人っ子一人いない。
先ほどすれ違った子どもたちに間違いないだろう。
ユダヤ人居住区を抜けると、私の住むプロジェクトが見えてくる。ビルディングの前に小さなベンチ、左奥にはコインランドリー、その前には公園がある。この辺りもプロジェクト密集地域である。ベンチに3人の若い男性たちが座っていた。私はここに引っ越してきてまだそれほど日が経っていない。彼らはアジア人である私を珍しそうに観察しているが、その目には、明らかに強い警戒心と疑念が浮かんでいるのがわかった。
私はこのような場合、自ら相手に近付く。
“Hi. I’m Yumi.”一人の男性が口を開いた。
「Yumi? どこ出身?」
「日本」
「日本? どこに住んでんの?」
「あそこのビルディングだよ」
「マジかよ。プロジェクトに住んでんのか?」
「うん。君たちは? 名前は? どこに住んでんの?」
3人とも非常に驚いた様子で、一瞬目配せをした。彼らはこのHood出身だが、それぞれ別々の棟に住んでいるという。細身で、坊主のプエルトリカン男性(以下、スキンヘッド)、少々太めだが、コーンローヘアがよく似合うプエルトリカン男性(以下、チャビ)、図体が大きく、ドレッドヘアの黒人男性(以下、ドレッド)。
「キミもプロジェクトに住んでんのか。でもいままで見かけたことなかったけど」
とチャビ。
「だってここに来てそんなに長くないし」
「そうなんだ。」
すると、今度はスキンヘッドが口を挟む。
「ねぇ、電話番号教えてよ。今晩、キミとデートしたい。」
こうした何気ないやり取りの中でも、彼らが「このアジア人は一体、何者であるか」を探ろうとしているのがよくわかる。スキンヘッドとチャビの依然として冷たく攻撃的な目に決して怯むことなく、私は彼らの目を捉えた。彼らには嘘をつけない。
私は、彼らのどんな言葉にも耳を傾け、素直に受け止めた。しだいにスキンヘッドとチャビの表情が柔らかくなってくる。
“You nice.(You are nice.)”チャビがようやく笑顔を見せた。