「ちょっと、病状についてご説明したいと思います。身近な人たちを病院に呼んで下さい」
集まった親族を前に近田医師はコンピューターの画像を示しながら説明した。
「まことに残念ですが、余命は半年か1年くらいです」
西村の妻は絶句していた。西村は妻の肩をそっとなでた。眠れない日が続いていた。改めて言うが、短い「命」であると知っても西村は、悲観しなかった。
だからと言って、楽観もしていない。死から目を逸そらしてはならない、と思った。ただそれだけであった。西村は通院してがん治療をしている。
がん治療や投薬について自分の「健康手帳」につぶさに記録している。治療の内容と経過を冷静に見ている。自分の場合は手術が不可能であった、と西村は担当医から聞いている。だから入院しないで通院による治療をしている。
その治療はほとんど同じパターンで進められる。まず採血、採血結果を基に医師の診察を経て、ゲムシタビン・ナブパクリタキセル療法による。略して、Gnp療法(Gem/nab‐PTX)。
点滴は最初に吐き気止めのために、グラニセトロン、デキサート、生食100㎖で所要時間15分~20分。次いでがん細胞の増殖を抑える薬であるアブラキサン生食100㎖で所要時間は30分程度。最後に、がんの進行を阻む薬であるジェムザール生食100㎖で点滴時間は約30分。
点滴の開始は、9月30日であった。この療法は毎週1回、月間3回行われる。ジェムザール(一般名はゲムシタビン塩酸塩。制吐剤)の点滴はやや痛みを感ずる。痛みを緩和するためには、点滴の場所(腕)を暖めるとよい。
内服薬は朝食後に、ウルソデオキシコール酸錠100㎎(胆汁分泌を促進して、肝機能を改善する薬)2錠。アミティーザカプセル24㎍(便秘の薬)1カプセル、ネキシウムカプセル20㎎(胃酸の分泌を抑える薬)1カプセル、マグミット錠250㎎(便秘の薬。制酸作用がある)1錠。
昼食後に、ウルソデオキシコール酸錠2錠とマグミット錠1錠。夕食後は、ウルソデオキシコール酸錠2錠、マグミット錠1錠、アミティーザカプセル1カプセルを服用する。
こんな記録に目を通していると、その記録とはまったくかけ離れた自身の幼少時代が走馬灯のように浮かんで来た。