僅かな貯金も底を尽きそうになり、お金を稼ぐために会社に内緒で週三回ほど夜の勤めにも出るようになった。もちろんマー君にも内緒だった。
マー君のつれない態度は、沙耶に今一つマー君の心をキチンと掴めていないもどかしさを感じさせるようになった。沙耶はそれでも文句を言わずマー君に金を渡し続けた。
しかし、良かれと思い従順であり続けたことが皮肉にもマイナスに作用し、さらにマー君の不嫌気を助長した。別れたいとの気持ちからマー君は更なる無理難題を沙耶に押しつけた。
沙耶が頼み込んで行った喫茶店でのデイトのときだった。
「俺といたいのなら、証を見せろ」
マー君はそう言って迫ってきた。
「証って?」
金も体も与えた沙耶にはそれ以上与えるものなど何も思い浮かばなかった。
「他の男にはもう走らないという証さ。覚悟があるなら入れ墨でも彫って見ろと言っているんや」
本気か冗談かはわからなかったが、マー君はそう言った。その日のデイトでマー君は沙耶に指一本触れることはなかった。
別れたくない。失いたくない。付き合いだした頃の私に優しいマー君でいて欲しい。逢う度にきつく抱きしめられた感触が忘れられない。もう一度抱きしめられたい。こんな思いが四六時中、沙耶の頭の中でグルグルと回った。
立ち止まり少し冷静になって考えれば、入れ墨が理不尽な要求だということに気づいたのだろうが、そのときの沙耶は繋ぎ止められることなら何でもするとの思いに駆られていた。
恋をする女の気持ちは、羞恥、見栄、プライドなどに少なからず影響されるが、基本的には男と巣篭ろうとする方向に収斂する。これを逸脱するようなことが発生すると必ず修正しようとする本能が働く。
沙耶にもこの本能が起動した。若い女だけに湧き起こる目先の見えなくなるのめり込むような恋の情念に火がついたのだった。
入れ墨ぐらい何でもない。沙耶はそう思い込んでしまったのだ。