大阪

幹也が答えた社会科の授業が終わり次の授業までの休憩時間だった。

「一回ぐらい答えられただけでいい気にならんときや。ボロい服なんか着やがって」

クラスメイトの一人が寄って来てそう言いながら頭を小突いた。教師の質問に手を挙げた生徒ではなかったが転校生の幹也を見下した物の言い方だった。

幹也がクラスの秩序を乱すという自分たちが下した最初の評価にそぐわない行為をしたことに少しばかり苛立ちと違和感を覚えた結果だった。

翌日にはあいつは家もボロいアパートだとの噂が立った。誰かが幹也の跡をつけて住んでいる所を確かめたのだ。

体育の授業の男女が手を繋ぎ列になって踊るダンスの時でも幹也とは誰も手を繋ごうとせず繋いでいる振りをするだけであいつは汚いからと陰口を言われるようになった。

明らかな虐めであった。自分はクラスに溶け込ませて貰えない異物なのか。自分がクラスメイトたちに受け入れられていないことがわかり、言いようの無い憤りが込み上げると共に悲しみも湧き上がった。

目立つとさらに虐められる。そんなことを恐れて授業では答えがわかっていても手を挙げずじっと教師の話を聞いているだけにした。

しかし、そんなクラスメイトへの反発もあり家での勉強は以前にもまして励んだ。

「僕を虐めるけどこいつらはこんなことも知らないのか」

授業で教師から当てられて答えられずにいるクラスメイトを胸の内で小馬鹿にもした。表だって虐めに対抗できない幹也の唯一の憂さの晴らし方だった。

大阪でのシングルマザーとしての雅代の生活は苦しかった。食材は勤めているスーパーマーケットの帰り際のタイムサービスで安くなった物を買い、衣料などは格安衣料店やリサイクルショップで調達した。

それでも、家賃、光熱水費など生活に掛かる費用を差し引くとほとんど手元には残らず、幹也との外食や旅行などは望むべくもなかった。

唯一の娯楽と言えばたまに二人で安物を買いに行くショッピングぐらいだった。

幹也が五年生になった夏だった。学校での一学期を終え幹也が通知表を貰って帰って来た。

「お母さん、これ。あとでここに判子を押しといて」

幹也はそう言って仕事から帰って来た雅代に通知表を手渡した。幹也の四年生三学期の成績がそれほどでもなかったこともあり、雅代は幹也の成績に期待していなかった。

しかし、通知表には学業の伸びが著しく優秀だとの評価が記されていた。

雅代は嬉しかった。何か将来への希望が大きく膨らんだように思えたのだ。同時に不安にもなった。

幹也が中学、高校と進むと何かと経費も掛かってくるだろうし今のままのパートタイムを続けていていいのだろうかという経済的な不安が頭をもたげてきたのだ。