大阪

二人の乗った近鉄特急が榊原温泉口駅を通過する頃には幹也の顔に笑顔が見られるようになった。

二人は久しぶりの再会だったこともあり会話は弾んだが、幹也は父親との暮らしぶりを話題にすることは一度もなかった。雅代も訊くことはしなかった。

区役所の窓口で手続きを済ませて転校した幹也の通う小学校は、一学年四クラスもあるマンモス校だった。故郷の志摩とは授業の進捗状況や使う教科書も異なり、志摩では優等生でいられた幹也も授業で率先して手を挙げるというわけにはいかなかった。

転校したのが十一月の下旬だったこともあり、冬休みまでの授業は十数日行われただけだったが、都会で揉まれているはしっこいクラスの子供たちは、その間にこの転校生の値踏みを行った。

クラスメイトの大半が学習塾に通っており、成績の順位には敏感だった。授業でほとんど手を挙げず担任に指されてもしどろもどろで答える幹也にクラスメイトの大方の見方は勉強も運動も大したことはなく、成績の順位を脅かす存在ではないと映った。

幹也はクラスメイトたちにとって三重県の志摩から出て来たただの田舎者との評価になった。雅代は、幹也が大阪に来てからスーパーマーケットの退社時間になるとソワソワするようになった。

学校から帰りアパートで一人待っている幹也のことが気に掛かるのだ。女は、普通母親になると授乳の延長線で子供に食事を摂らせる時間を常に頭の隅に置いて行動するようになる。お腹を空かせているに違いない。早く帰らなくてはとの焦りが知らず知らずの間に態度に出てしまうのだ。

雅代がレジを離れトイレに行った帰りだった。

「近頃どないしはったん? 帰り際やけにソワソワして。誰かと待ち合わせの約束でもしてはんの?」

オーデコロンの吉本主任に後ろから声を掛けられた。商品点検の振りをしながら通路で待ち伏せをしていたようだった。吉本は今まで落ち着いていた雅代が帰り際にソワソワ仕出すようになったことが気になっていたのだ。別口に先を越されたのかとでも思ったのか探るような目付きをしていた。

「子供が家で待っていますの」

そう答えた雅代の顔にはお前のような男に関わりたくはないとの冷たい表情がはっきりと表れていた。

「子、子供って、ええっ、あんさんの? あんさん、独身やなかったの?」

「失礼します」

雅代は軽く頭を下げながらそう言って鳩が豆鉄砲を食らったようにポカンとした顔の吉本を残してレジに戻った。幹也を引き取ってからは寂しさや浮ついた気持ちは影を潜め、子育ての義務感が心地よい充実感を生み雅代の心の隙を埋めるようになっていたのだ。

雅代はクリスマスも大晦日も出勤で、明けて二日からも出勤だった。幹也は学校から帰るといつも居間兼寝室に置かれた炬燵に入って勉強をしながら雅代の帰りを待った。