覚悟と決意
在宅主治医の甘い予測に反して、Eさん自身はしっかり自分の未来を予測され、覚悟を決められたようです。それもたった一晩という短い間にです。
人工呼吸器を装着せずに「死」を決意されたその一晩という時間を想像すると胸が押しつぶされる思いです。Eさんは多くの逆境を乗り越えてきた人です。
その多くの逆境の中で、物事を正面から、じっくり、落ち着いて考えを深め、常に論理的に対応するということを実践されてきました。
この最後にして最大の逆境も、Eさんのやり方で乗り越えられたようです。逆境のさなかにいる人々にかかわっている私たちにとって、すべての患者さんは先生であると思います。
たとえ反面教師であっても、何らかのインスピレーションは与えてくれるはずです。私たちがどんな死に方をするのかはわかりませんが、こんな生き方、こんな死に方があるのだということを当事者の傍らで体験できる私たちの立場は、とてもありがたいものであると思います。
Fさん(八四歳):生命はいったい何で支えられているのでしょう?
間質性肺炎で病院に通っていたFさんの胸部エックス線写真に腫瘤陰影が見つかったのは、ある年の夏でした。精査の結果、原発巣は食道がんで、それが肺に転移したものと診断されました。
しかし手術や化学療法の適応はなく、約一カ月間の放射線治療の後に退院しました。その後は小康状態でしたが、翌年の一月に食欲不振と嘔吐が出現して、再び病院を受診しました。
検査の結果、食道がんが大きくなり食道の内腔が狭くなっていることが判明しました。もうすでに固形物はその狭窄部を通過できず、Fさんは流動食しか食べられませんでした。
さらに三月には全身の倦怠感が増強し、呼吸苦も出現し、再検査を行いました。そして肺転移によると考えられる両側の胸水が認められました。しだいに通院もままならなくなり、三月初旬に当院の訪問診療が開始されました。