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第二章 拾って来た女

考えてみれば奇妙な関係だった。自分が拾って来たとは言いながら、奈美のことはほとんどわからないままに既に半月近く生活している。それで美紀に何か困ったことがあるかと言えば特段何も無い。むしろ美紀にとって奈美の出現は一人暮らしの寂しさを忘れさせてくれていた。

しかし、漁火の客たちのように美紀も奈美がこの地に流れて来たわけに関心が無いわけではなかった。奈美が自分のことを何も話さなくても美紀が生活する上で何も支障はなかったが、自然な感情の流れとして一緒に生活をしているのだからそれぐらいは知っていたいとは思っているのだ。しかし、あえて訊いてはいない。美紀自身にも人には言えないような事情の離婚歴があり、人に訊かれてつらいことはそっとしておいて欲しいと身をもって経験しており、「人間、言いづらいことや言いたくないことは言わなくてもよい。また、訊いてはいけない」との信念のような想いを持っているからだった。美紀は、奈美が言い出さない限りそのことには触れないでおこうと決めていた。

午後七時には看板に灯りの点る漁火も先代の智子の時代から数えるとホステスたちも幾度か入れ替わっていた。ホステスたちはあまり長続きせず二年も持てば長い方だった。理由は漁火にあるのではなくホステス自身の抱える問題にあった。ほとんどのホステスは昼間も会社や工場で働き、帰宅した従業員たちが安らぐ時間帯もアルバイトでもう一頑張りしなければならない経済的な事情を抱えていたのだ。そのため少しでも有利な待遇を求めて流動的な動きをするからだった。

美紀の代になってからもホステスの入れ替えは幾度かあり、ホステスが辞める度に美紀は伝手を頼っていろいろと探し回らねばならなかった。幾人かいたホステスの中には鳥羽市や伊勢市から通う者もいたがやはり長続きはしなかった。

今いる康代と沙耶は地元志摩の出身で美紀が見つけてきたわけではなく客などからの紹介だった。もう四年以上も続き多少なら無理の言える存在となっていた。

奈美が美紀に拾われ、漁火の手伝いをするようになると、二人は奈美の存在に興味を持ちながらもここに流れて来た理由を根掘り葉掘りと訊くことはなかった。美紀から、奈美は何かつらいようなことがあって心に傷があるようだから、あまり詮索せずそっとしておいてあげてと釘を刺されていたからだ。しかし、女の職場で義務的な言葉と挨拶だけでことが足りるはずもなく、目が合うと不自然な沈黙を避けるため、二人のホステスは自分のことを話題にしてコミュニケーション不足のバランスを取った。その度に奈美は相槌を打ちながら黙って話を聞いていた。

康代はスナックの開店直後や客が少なくなりグラスなどの洗い物をしていときによく子供の話や亡くなった夫の話をした。

「うっとこのお兄ちゃんの方やけど、中学の部活のサッカーチームでレギュラーに選ばれたんよ。今度の日曜日に伊勢の総合競技場で試合があるんで応援しに行くの。来んでもええ言うんやけど子供の応援って楽しいもんよ。間違ごてもプロのサッカー選手にはなれへんやろけど何か楽しみでね。そやけどね、お兄ちゃんは放っておいても大丈夫やけど、下の子が運動神経も学校の成績もあまりよくないの。何しとん言うていつも叱り倒してるのよ。でもね、手が掛かって厄介だけど、どういうわけか下の子の方が可愛いのよ。不思議なものね。これ、兄ちゃんには内緒」

そう言って康代は片眼を瞑って見せた。子供の話をするときは日頃の疲れも影を潜め生き生きとして喋るのだった。