さて、これまで「踊る大紐育」は新時代の革新的なミュージカルであると書いてきた。しかし、今日我々がこの作品を観ても、たしかに賑やかで楽しいミュージカルとは思うものの、一体どこが革新的なのか理解できないのではないだろうか。もちろんわからないにはそれなりの理由がある。

映画作りはその黎明期から、撮影技法も脚本作りも、演技法も、技術として蓄積され進歩を重ねてきた。優れた技術は多くの模倣を生み、それを使って作られた映画が世の中に溢れることになる。その過程で、かつては時代の先端を走っていた作品も後の世の人が観ればごく平凡な映画にしか見えなくなってしまう。もちろん過去の名作にはその作品ならではの今も失せない魅力が備わってはいるものだが、新しさや革新性は見えにくくなる。

そこで「踊る大紐育」の斬新さを検証するに当たり、少し時間を巻き戻し、同作品の一時代前に一般的だったミュージカル映画の水準と比較してみたい。ここで比較の対象とするのは、同作のほぼ十年前に同じMGMで作られたエレノア・パウエルを主演にしたミュージカルである。その頃のMGMミュージカルを代表するスターの主演作であり、ダンスの実力からみてもジーンに引けを取らないので、比較するには適していると思われる。

まず彼女の主演第一作「踊るブロードウェイ」(’35)を見てみよう。

若きブロードウェイのプロデューサー、ロバート・テイラーが、新しいショーのために金持ちの女性ジューン・ナイトから出資を受けるが、代わりに主役に据えるよう要求される。新聞にゴシップ専門のコラムを書くジャック・ベニーがそれをネタにあることないことを書くため、テイラーとトラブルになる。郷里から出てきたテイラーの幼なじみエレノア・パウエルが最後に主役をつかみ、テイラーとの恋も成就するというバックステージ物である。

まず、のっけからラジオ局で突然“アイ・ガット・リズム”と“ユー・アー・マイ・ラッキー・スター”の二曲が何の前触れもなく歌われる。どちらのナンバーもこの映画にここで挿入される必然性は少しもない。ここに置かれた理由を強いて言えば、とにかくこの歌を聞かせたいからとしか言いようがない。

次にジューン・ナイトの家のパーティーで歌い踊られるナンバー “あなたは私の心を弄んでる”。歌詞は彼女とロバート・テイラーの関係を当てこすったような内容だが、そこから始まるダンスはテーマと直接関係のない華麗なショーになってしまっている。

それぞれのシーンだけで考えれば、一流の歌手やダンサーが登場し、当時としては新しい映像テクニックや奇抜な小道具が使われるなど、それなりによく出来た演出である(このナンバーでデイヴ・グールドがアカデミーのダンス監督賞を受賞している)。

しかし、ストーリーとの関連性に乏しく、歌やダンスはほぼ独立した存在である。