だから、毘紐天で待っていると言っていたのか。
「さっき、夫と舗装された山道を歩いてみました」
「行ってみたんですか?」
「えぇ、本来息子が帰ってくるはずの道だったんですよね」
坂崎はうなずきながら、言葉もなかった。そして当初の目的地、竹谷温泉に十三時くらいに到着しそうだから、連絡があったら電話をする、と話した。
一行は、予定より少し遅れて十三時半に到着した。初めての登山で、二人の兄はかなりつかれているようだった。そこから車で鬼塚に戻り、あとの二隊を待ったが、すでに何も成果がないことは連絡が入っていた。
やっと終わるのか。そう思った、全員が戻った時だった。
母親が急に、また、
「どうしても左衛門小屋を見てほしいのです」
と言いだした。
そして、
「いいですよ。行きますよ」
と、また溝原朗子が言った。そう言われると、他のメンバーも心が動く。
さらに、
「まだ行ってないところもあるし」
と言いだす始末。そして翌日、捜索五日目、日曜日に鬼塚で七時集合となった。
※本記事は、2020年12月刊行の書籍『駒草 ―コマクサ―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
人物紹介
岬 良典(みさき りょうすけ)……六十六歳
岬 明純(あすみ)……良典の妻 還暦
岬 兵庫助(ひょうごのすけ)……良典・明純の長男 東京都在住 プログラマー 愛称・ヒョウゴ(尾張藩師範・柳生兵庫助・柳生宗矩の兄の息子の名より)
岬 瑠布乃(るうの)……兵庫助の妻
岬 蒼輔(そうすけ)……兵庫助の長男
岬 霞音(かおん)……兵庫助の長女
岬 伊織(いおり)……良典・明純の次男 千葉県在住 医師 愛称・イオリ(宮本武蔵の養子・宮本(三好)伊織より)
岬 晶那(しょうな)……伊織の妻
岬 累矢(るいや)……伊織の長男
岬 那瀬(なせ)……伊織の長女
岬 索良之介(さくらのすけ)……良典・明純の三男 神宮県在住 看護師 二十七歳 愛称・サクラ
岬 リョウ子……良典の母・十五年前に九十三歳で亡くなる
沢井 幸三(さわい こうぞう)……明純の父 八十七歳 重度の認知症
沢井 冬子……明純の母 八十五歳 老々介護をしている
沢井 一道(かずみち)……明純の弟 東京都在住 五十五歳